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EOS津野の 電子光学講座Electron Optics Solutions
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ウィーンフィルタはその名前が示すように、エネルギーフィルタとして広く使われています。
そのほかにも、この講座の他のところで詳しく述べたようにいろいろな使い道があります。軸対称でない
磁場・電場の要素を使いながらビームが直進するという便利な性質を持っているため、いろいろな
用途が考えられてきたのです。収差補正の分野でもウィーンフィルタは有望な一つの方法と考えられて
います。他の収差補正法ではいろいろな素子をたくさん組み合わせて使います。このため、
理論的な解析に困難があります。しかし、ウィーンフィルタを使ったコレクタは、一個のウィーン
フィルタの中ですべてをやってしまうことができます。このため、ウィーンコレクタは、収差が
どのようにして作られるかを式の展開のうえで示すことができるのです。ウィーンコレクタを解析的に
学ぶことは、他の解析的に表せないコレクタについても多くの知見を得ることができます。 |
ウィーンコレクタによる球面収差係数Csと色収差係数Cc補正
Wien Filterの理論
負の球面収差や色証左は軸対称でない電場や磁場分布を持つ光学素子によって作ることが出来ます。
このことはシェルツァーの法則のうちで最もよく知られた項目でもあり、ミラー以外の収差補正は
この法則に従って作られています。しかし、軸対称でない場の分布からは二次収差が作られてしま
います。色収差は一次の収差、球面収差は三次の収差ですから、軸対称レンズによっては二次収差は
作られません。そこで、収差補正器は自らが作る二次収差を消すための手段を必ず持たなければ
なりません。幸い、エネルギーアナライザなどでよく知られているように、二次収差は二回フォーカスを
させることによってキャンセルすることが出来ます。同じことが収差補正器の場合にも成り立ちます。そこで、
6極子によるCs補正でも4-8極子によるCs, Cc補正でも必ず偶数個の素子を用いて二次収差のキャンセル
が行われています。6極子の場合には、自らレンズ作用がないため、ラウンドレンズを使ってレンズ収束を
行い、軌道を反転させて二次収差のキャンセルを行わせているわけです。このようなキャンセルの作用は
あまりにも当たり前で経験則のように思っておられるかもしれませんが、きちんと数式の上で導き出す
ことが出来ます。
二回フォーカスによる二次の幾何収差の消滅
以下においてこの二回フォーカスによって二次収差が消えることを式の上から示しますが、詳しい式の
展開は一番下に書いておきました、文献を参照してください。文献1と2が最初の論文です。文献3は、
ツールーズのPeter HawkesがOrloffのHandbood of Charged Particle Opticsの本の中のHawkesの担当
分であるAberrationの章に同じ内容を転載してくれたものです。こちらの本のほうが手元にあるかも
しれません。文献4は私とWien Filterでずっと一緒に研究を続けてくださったルーマニアのIoanoviciu
先生の共著の本でThe Wien Filterと言う名前です。Wien Filter 110年の歴史の中で初めてのWien Filter
だけについての本になったそうです。
図1は、ウィーンフィルタを二回フォーカスさせた場合の電子軌道を示しています。
上の図が電場方向(X)、下の図が磁場方向(Y)の軌道です。一回目のフォーカスではX方向に
大きな収差が出ていますが、二度目のフォーカスではこれが消えていることがわかります。赤と青の線は
エネルギーの異なるビームを描いていますので、最初のフォーカスでエネルギー分散を生じ、これが二つ目の
フォーカスで同様に消滅していることがわかります。
Y方向では一度目でも二度目でも収差はあまり見られません。
最初のフォーカスでの収差は、X方向をuII(π)、Y方向をvII(π)とすると、
uII(π) = p0 - p1 - p3(2π/k) + p5,
vII(π) = q0 - q1 - q3(2π/k) + q5.
とあらわされます。また、二回目のフォーカスでの収差は、
uII(2π) = p0+p1+ p3(2π/k) +p5 ,
vII(2π) = q0+q1+ q3(2π/k) +q5 .
となります。
ここで各記号の意味は、
p0 = (m0 + 2m3 / 3) / k2
p1 = -(m0 + m3 / 3) / k2
p2 = (m2 / 2 + m4 / 3) / k2
p3 = -m2 / (2 k)
p4 = m1 / (2 k)
p5 = -m3 / (3k2)
p6 = -m4 / (3 k2)
q0 = (n0 + 2n3 / 3) / k2
q1 = -(n0 + n3 / 3) / k2
q2 = (n2 / 2 + n4 / 3) / k2
q3 = -n2 / (2 k)
q4 = n1 / (2 k)
q5 = -n3 / (3 k2)
q6 = -n4 / (3 k2)
と表されますから、結局。
uII(2π) = p3(2π/k) ,
vII(2π) = q3(2π/k) .
と簡略化されます。
ここでこれらの記号を元の式に代入すると、uII(π)とuII(2π)あるいは、vII(π)とvII(2π)
とでそれぞれの項の符号が異なっており、最初のフォーカスでは収差がたしあわされるのに対して、
二度目のフォーカスでは引き算によって収差が消えることがわかります。結局、残るのは
一つの項になってしまいます。これらの項を詳しく書いてみますと、
p3 = - (α0δ/ k )( -6 e3 + 6 b3 - 3 b2 - 2e2 - 1) / (2 k),
q3 = - (β0δ/ k)(6 e3 - 6 b3 + b2 - 1 / 2) / (2 k)
となります。この項を見てわかることは、どちらの式にもδが入っていることです。すなわち、
残った収差は、エネルギーの変化δに関係した項、すなわち、色収差だけということになります。
つまり、分散はキャンセルしましたが、色収差は残りました。
対称面を持った光学系で、二回フォーカスを行わせると二次の幾何収差が消滅するということは
よく聞く話ですが、このことがウィーンファイルタの場合は解析的に証明することができるわけです。
ここで対称なと書いたのは二回フォーカスすればどんな場合でも良いわけではなく、形が違えば
二次収差の符合が変わるため、減少には転じますが、キャンセルしてゼロにはならないからです。
これは、Wien Filterでは中心軌道が直線出表されるため、フリンジ場が中心軌道に影響死なしこと、
素子が一個でよいため、全体の収差を式で書くことが出来ることなどウィーンフィルタならではの
理由によっています。他の光学素子ではシミュレーションによって示すしか方法かありません。
図1の最初のフォーカスと二番目のフォーカスの位置で電場と磁場の4極子の大きさを変えながら
ビームの形の変化を示したのが図2です。図2で左側の青の図と真ん中の
赤い図は一回目のフォーカスのときのビームの形で、右側の図が二回フォーカスしたときのビームです。
左側と真ん中で青と赤のビームが別れているのは分散のせいて二つの列はエネルギーの違うビームを
表しています。右側の図は分散が消滅していますので、両エネルギーのビームが一つになっている
わけです。途中でビームが丸くなっている条件のあることがわかります。
軸対称でない光学要素が入ると、2次収差を作ります。二次収差も三次収差と同じように幾何収差と
色収差があります。上で二次の幾何収差を零にする条件が求まりましたから残るは色収差です。
収差補正に使うためにはいらない収差は全てつぶしておかなくてはなりません。
二段ウィーンフィルタからの色収差の除去
まず、色収差を軸上色収差つまりCcだけにすることを考えます。これは、収差が丸くなる条件
から求められます。この条件は、
e3-b3 = m / 16
と表されます。図3の一番右の列に示した図がこの様子を表しています。左から順に6極子電場e3と
6極子磁場b3の値e3-b3が、0, m/32, m/16, m/8と変わっています。縦方向には4極子場m=(e2-b2)の
値が-2, 0, 2, 4, 6と変わっています。m/16のときだけ、mの値に拘わらず二次の収差図形は丸
くなっています。
この図からわかることは、e3, b3の値にかかわらず、m=0とm=2のときにも二次の色収差は丸くなる
と言うことです。従って、二次の色収差を丸くする条件は、e3-b3=m/16または、m=0またはm=2をとる
という独立した二つの条件と言うことになります。二次の色収差が丸くなるということは、二次の色
収差が軸上色収差Ccだけになるということを意味します。ここで、軸上色収差は一次の収差だと
おっしゃる方がいらっしゃるかと思います。確かに、距離rに対しては一次なのですが、rとエネルギー
δの二つに対して二次と言う勘定も出来て、ここで使っているマトリックス法と言う収差の計算法では
二次に分類されています。電子顕微鏡ではアイコナル法と言うのが一般的なのですが、エネルギー
アナライザなどは質量分析装置の仲間ともいえますし、質量分析装置は加速器から発達してきたもの
ともいえますので、加速器で発達したマトリックス法が使われていることが多いのです。アイコナル法
は、像に現れた収差の項を見るときはわかりやすいのですが、数学的な展開の時には難しくて手に
負えないことが多いのです。
もうひとつ重要なことは、e3-b3=8, m=2で、Cc=0となることです。Cc=0があるということは、この前
後で色収差は正から負に変わることになりますので、負の色収差が実現します。左の図ではわかりま
せんが、m<2で負の収差を示します。
3次収差の考慮
ところで、上で述べたことは二次収差だけを考えた時のことで、実際の装置では、三次収差も
無視できません。三次収差も考慮すると、収差図形は図4のようになってしまいます。
図5に示した式は、三次の開口収差を表す式です。A2aaaはX方向、A2bbbがY方向の開口収差で、
A2abbとA2baaは、いずれも対角線方向、つまり斜めの方向の開口収差を表します。球面収差
と言うのは、開口収差が方向によらずに一定の値をとった時に言います。軸対称レンズでは、
方向によって開口収差が異なるということがないので、球面収差と表現しますが、軸対称から
外れた光学素子では、方向によって収差の値が異なりますから、球面収差として定義できない
わけです。
いま、X方向と、Y方向の開口収差を零にする条件をこの上の式から求めてその値を代入して
みますと、図6のような収差図形が得られました。左側は、第一の収束点の、右側が第二の
収束点の収差図形ですから、収差補正のときには、右側の図だけを見ればよいのです。
右の図の中で、青い線が色ずれのないビームの収差図形で、赤い色のビームが1eVのエネルギー
ロスのあるビームの収差図形です。図の上から下にm=-2, 0, 2, 4,6とmの値が変化しています。
ロスのない青ビームは開口収差を表していますし、エネルギーロスのある赤ビームはそれと
三次の色収差が重なっています。開口収差のX,Y成分が確かに零になっています。そのために
花びらのような模様が出来ているわけです。しかし開口収差の対角線方向の成分が値を持って
いるため、全体にゼロにはなりません。
上にあげた式に、収差が零と言う条件ではなく、三次の開口収差がすべて同じ値を取るべきと
いう、図7に示したような条件を入れてみますと、磁場六極子b3と電場と磁場の八極子の差e4-b4
に対する条件が求まります。これらの二つの条件を入れて収差図形を計算してみますと、図8
のように三次の収差図形が丸くなります。m=2では色収差が消滅しますから、青と赤の
線が重なって一本になります。開口収差の大きさもm=0とm=2の間で最小値を取るようです。
<
図9は、上で求めた三次の開口収差の四つの項の大きさをすべてひとしくする条件をを満たし
ている場合と、その周辺での値を取った場合について、収差図形を示したものです。横軸で八極子
場を変化させています。確かに八極子場が条件を満たしたときにだけビームが丸くなって、
そのほかの場合は、四角形になったり、四枚の花びら模様のような収差図形を示しています。
縦軸方向には六極子磁場の成分を変化させています。こちらも丸い収差図形は、先ほどの条件を
満たしたときだけに得られており、それ以外の場合には、おかしな形になっています。
丸い開口収差を示した条件のもとでは、最初に示した四つの開口収差の式のすべてが同じ値
を取るはずですから、それらの式のうちのひとつを零に等しいと置いてみますと、mに関する
二次方程式が得られます。その式は図10の右側に書いてありますが、
m^2 - 12m +12 =0
と言う二次方程式になります。この二次方程式を解いてみますと、m=10.9とm=1.1の二か所で開口
収差すなわちこの場合は球面収差Cs=0となることがわかります。
図10の左には、mを変えた時のCsとCcの変化のグラフを示しています。個の二次曲線が上の式です。
下には、m=1.1の付近でmを細かく変えた時の収差図形の変化も示しています。
mに対して、Ccはリニアに変化していますし、Csは二次曲線で変化しています。その結果、
m=2でCcは零を持ち、m=1.1とm=10.9の二か所でCsは零となっています。収差補正のためには、
m<1.1より小さいmの値を用いることになります。
最後に、Cs=0のときと、Cc=0のときにそれぞれ軸外も含めた収差図形がどのように表されるかを
見てみます。図11がそれですが、Cs=0の場合にはCcの影響による収差図形が見えています。
このとき、軸外も含め、全体が均一なCcによる収差を表現しています。ところが、Cc=0の場合の
Csによる収差図形の方は、厳密にはCsによる収差図形とは言えない収差図形となっています。
即ち、軸外に行くほど収差が大きくなっています。これは、方向によらない開口収差には球面
収差以外に軸外湾曲収差、非点収差などのザイデル収差も含まれていることを意味しています。
ただ、これらの収差を発生するといっても、収差補正が必要となる高倍率のもとでは大きな問
題とはならないと推定されます。
以上見てきたように、ウィーンコレクタによる収差補正の最大の特徴は、理論的にその収差の
発生の様子を調べることが出来るということにあります。これは、ウィーンコレクタがたった
一つのウィーンフィルタをダブルフォーカスのもとで使うことによって実現できるという事情
に負っています。ほかの方法での収差補正では、多極子を何段も並べて組み合わせることによ
って補正を実現しています。こうした複雑な系では、それを式の展開によって解くことは困難
になりますし、たとえ式を解くことはできても、その解の複雑さによって、そこから何らかの
見通しを得ることは難しくなると思われます。
これに対して、ウィーンコレクタでは簡単とは言わないまでも見通しのある解が得られ、
どのような条件で負の収差が作られるのか、他の収差を零にして純粋な軸対称な収差を軸対称
ではない場の分布から作ることが出来るのかを示すことができたわけです。ここで見た負の収
差の作り方は他の方法による収差の生成を考える上でも参考になるものを含んでいます。
と言うことで、収差補正に関心のある人は、まずはどの方法による収差補正を行うにしろ、
ウィーンコレクタによる収差補正を学ぶことが理解を早めるものと考えられます。
文献
1. Third order aberration theory of double Wien filters
D. Ioanoviciu, K. Tsuno, G. Martinez,
Rev. Sci. Instrum. 75 (2004) 4434-4441.
2. Third-order aberration theory of Wien filters for monochromators and aberration correctors
K. Tsuno, D. Ioanoviciu & G. Martinez
J. Microscopy 217 (2005) 205-215.
3. Aberrations
Peter W. Hawkes
Handbook of Charged Particle Optics (Second edition), ed. Jon OrloffCRC Press (2009) p.277.
4. Application of Wien Filters in Electrons,
K. Tsuno and D. Ioanoviciu,
The Wien Filter, in Advances in Imaging and Electron Physics, ed. P. W. Hawkes, Academic Press (2013) p.200.
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図1. 二回フォーカスウィーンフィルタのXおよびY方向の軌道。
図2. ウィーンフィルタの一回目と二回目のフォーカス時におけるビーム形状のm=(e2-b2)に対する変化。
図3. ウィーンコレクターのビーム形状の電場・磁場の4極子成分m=(e2-b2)と6極子成分(e3-b3)に対する変化。
図4. ウィーンコレクターの3次収差の表式。
図5. 開口収差の一つをゼロにする条件から得られたビーム形状。左は最初のフォーカス、右が二度目のフォーカス。
図6. 収差係数をゼロではなく、4個の開口収差の各係数の値を等しくすると言う条件を入れる。
図7. 丸いビームを得るための条件設定。
図8. パラメータm=(e2-b2)に対する三次の収差。
図9. 磁場の6極子成分b3と電場・磁場の8極子成分(e4-b4)に対する収差図形の変化。3時の収差まで考慮した場合
に丸い収差が得られる条件がある。
図10. パラメータm=(e2-b2)に対するCsとCcの変化。mに対する球面収差の変化ではm=0とm=2の間で符号を反転する。
図11. Cs=0になるmとCc=0になるmでの広い範囲の収差図形。
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収差補正 .(pdf).
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・4-8極子によるCs補正
・4極子による色収差Cc補正
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・MirrorによるCs、Cc補正
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