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シェルツァーの前提の第一は、軸対称なレンズの場合に収差が零または負に できないというものでした。そこで、収差補正の第一歩は、多極子レンズを使うことです。 現在、商業的に成功している収差補正法も多極子レンズを使うものです。多極子とはどん なものなのかも含めてここでは見ていくことにします。

4-8極子による球面収差係数Cs補正 PDF

4段の4極子を使ったベースの電子軌道パターン作り

球面収差を補正するためには負の球面収差を作らなければなりません。しかし、 シェルツァーの定理から、軸対称レンズでは負の球面収差を作れないことが分かって います。そこで、軸対称でない系で補正系を作ろうというわけですが、軸対称ではないレンズ の作る収差は、軸対称にはなりません。軸対称ではない系の作る軸対称な収差に ついては後でお話しします。巧妙な方法があります。実は、シェルツァーが 言っていた軸対称というのは、軸対称な場ということであって、軸対称な軌道という 意味ではありません。この区別が後で重要になります。

しかし、まずは軸対称ではない電子軌道を作って球面収差を補正する方法を調べましょう。 この方法が歴史的に見ても一番古くから、そして一番大勢の人たちによって挑戦されてきた テーマだからです。日本でも、つくばの産総研昔は電総研と呼ばれていた研究所で岡山さん が研究されていました。岡山さんの独自の多極補正子についても跡でご紹介します。br>
軸対称でないレンズが作る電子の軌道というのは、図1に示すようなものです。 横軸がZ軸になります。電子の進行方向です。XZ面の電子の軌道と、YZ面の電子の軌道が 違う振る舞いをしています。真ん中の段に、所々の位置における電子の断面を書いて おきました。この図をいろいろな角度のあるいはいろいろな高さの電子について描いたも のを収差図形と呼びます。

電子ビームはこの図の場合最初にZX面でフォーカスし、YZ面では広がっています。 つまり、ZX面では凸レンズですが、ZY面ではビームが発散していますから凹レンズに なっているのです。4極子というのはこのようにある方向で凸レンズとして働くと これと直交する方向では凹レンズになるという性質があります。このほかに、円筒レンズ というものがあり、その場合は、ZX面で凸レンズ、あるいは凹レンズ作用をしても、 ZY面ではなんのレンズ作用も持たないという性質があります。ガラスのレンズでは、 円筒レンズは見たことがあるかもしれませんね。4極子レンズに相当するものは光のレンズ ではあまり見かけないかもしれません。最初シェルツァーが個の方式の収差補正を 提案したときは4極子を使う方式ではなく、円筒レンズで提案され、実際に実験でも 円筒レンズが作られました。

4個の4極子のちょうど中間で電子ビームはいったん丸くなります。そして次の3番目の 4極子のところで、今度はZY面内でフォーカスし、ZX面内で発散します。両方向のビームは、 4番目の4極子によって形を整えられて、再び丸いビームとなって外に出ていきます。

ここまでの過程では何も負の収差の補正はやっていません。これは負の収差作りのための 土台を準備しただけなのです。次に、負の球面収差をどのようにして作るのかをお話しします。

8極子の作る負の収差

8極子というのは、図2のように、8本の極が中心を向いた構造をしています。 ここに書いたものは8つの極に電圧をかけて8極子電場を作る方法で作ったものですが コイルに電流を流して磁場の8極子を作ることもできます。電場の場合で考えてみますと、 プラス極の隣はマイナス極になります。ちょうど向かい側の極はいつも同じ極です。 これが8極子の特徴になります。

さて、図3にし召しますように、プラス電極が向き合った極に入ってきた電子と、 マイナス極が向き合った位置に入ってきた電子を見てみましょう。電子の電荷は マイナスですから、プラスの極に引っ張られて電子は外側に振られます。電極の 近くに行くほど電場は強く、中心軸の近くほど電場は弱くなりますから、入って きた電子のうち中心付近に入ってきたビームは少ししか曲げられず、外側に入っ てきた電子はたくさん曲げられます。外側に曲げられたビームを中心軸まで外挿 してみますと、外側のビームが内側のビームより前の方で軸に交わることがわか ります。 一方、両側がマイナスの極について考えてみますと、電子はマイナスの電荷を もっていますから負の電極から離れようとします。このため収束作用が働き、 フォーカスしますが、ここでも、光軸から離れた電極に近いビームは強い場の 影響を受けて、強いレンズ作用を受け、中心に近いビームは、弱い電場のため、 弱いレンズ作用を受けて、外側のビームよりも後でフォーカスします。

つまり、プラス極が向かい合ったところでは、凹レンズ、マイナス極が向かい 合ったところでは凸レンズとなります。ということで、8極子を使えば、円周 方向に凸レンズと凹レンズが4回ずつ繰り返すことになります。このことが図1 でZX面ではフォーカスしており、ZY面では広がったビームを作っていた り、またその逆になったりしている基本軌道を必要とする理由です。図1の シミュレーションによるビームの軌道を模式的に書いたのが図4の平行四辺形 になります。上側がY軌道、下側がX軌道です。

8極子によるCs補正

球面収差というのは軸対称な収差です。しかし、8極子の作る収差は軸対称では ないので、球面収差を直接には作りません。軸対称でない場合の球面収差に対応 する収差は開口収差と言います。開口というのはアパーチャーによって角度を 制限することを意味しています。

この非軸対称レンズの開口収差はどう書き表されるのでしょうか。 開き角x, y方向にそれぞれα、βとしたとき

ΔX(Zix)=CA30α3 + CA12αβ2
ΔY(Ziy) = CA21α2β + CA03β3

CA30,CA12,CA21,CA03という4つの開口収差があります。それを模式的に図5に 示します。これらの収差は実はWien Correctorのところで、コレクターの作る収差を 丸くするためにはどうするのかと言うところでお話したところでに出てきた収差図形 と同じ形をしています。そのときの図を図6にし召します。左側の図が収差のX, Y 方向の大きさを等しいと言う条件にした場合で等方的な収差図形となります。 右側がX,Y=0になるようにした場合で、 対角線方向に伸びた、花びらのような収差図形が出てきました。 それらが8極子て作る開口収差だったわけです。この4個の収差の大きさを 一致させればそれをCsとみなすことが出来るわけです。これらの4個の値のうち、 CA12,とCA21,は入射ビームの角度が同じければ同じ値となるので、独立な開口収 差は3個になります。しかし、図1に示したように土台となる軌道パターンを作るために 4個の4極子が既にありますので、これを実際には8極にしてそれぞれの場所に図5に示す ような8極場をつくってそれぞれの4つの開口収差を与えます。

実際には、図7にし召しますような12極子を使って4極子場と8極子場の両方を作ると 便利です。その理由は機械的精度の問題です。精度を高くすることこそが重要と考 えられていたのが1970年代の収差補正の実験でした。そして、それがダメそうだと 言うことで、収差補正は機械的に行うのではなく画像処理によって得られた像を 修正する方向に1980年代は進んだのです。このとき、後で示します、岡山は独特 の方法を用いて高井機械精度を得る方法を確立しました。しかし、90年代に入って、 機械精度の狂いによる寄生的な収差はそのほかの余分な収差などと共に、実測によって 顕微鏡像から解析され、それぞれの収差が補正されると言うコンピューターコントロール を主体とした方法によって克服されてしまいました。これが多極子収差補正の大体の 流れです。

Scherzerの提案による8極子Cs補正

図1に示したような4つの4極子が作る軌道上に置いた8極子を使って球面収差 を補正する方法をScherzerが提案していました。その概要は、

Y軸とビームの交差位置でα3項を補正、
X軸との交差位置でβ3項補正、
Stigmatic 条件(Zix=Ziy, Mx=My)で、CA12=CA21となるので、
ビームとX, Y軸との距離が等しい位置でαβ2と、α2β項を補正。

というものでした。このCs補正法は、その後の8極子によるCs補正の基本原理 となり、いまでもこの方法によって補正が行われています。ただ、上では 4つの4極子を用いた軌道を示しましたが、ここまで行き着くには数十年の 歳月を要し、最初は、円筒レンズなども用いられていました。

球面収差補正が4極子ではできずに8極子を使わなければならない理由は、 斜め方向の開口収差、CA12, CA21が4極子では作れないことによるものです。 8極子を使って初めて、斜め方向にも極を持ち、そちらの方向の収差が 作れるわけです。

4-8極子を用いたCs, Cc補正の歴史

4極子8極子を使ったCs補正の歴史は次のように描くことができます。

1. 1947 O. Scherzer 円筒レンズと8極子レンズによるCs補正
2. 1953 R. Seeliger, O. Scherzer 円筒レンズ+8極子+Round Lens+8極子+円筒レンズ+8極子
3. 1956 G.D. Archard 4-8極子
4. 1964 J.H. Deltrap, 4-8極子
5. 1972 M.G.R. Thomson 4-8極子
6. 1974-77 V.D.Beck, A.V. Crewe , 4-8極子実験
7. 1979 H. Koops 4-8極子, TEM
8. 1983 岡山 4極子+開口電極
9. 1995 J. Zach, M. Haider 4-8極子実験成功
10. 1999 O.L. Krivanek 7段4-8極STEMによるCs補正成功


最初はもちろんシェルツァーによる提案ですが、それを実際に実験したのは Seeligerでした。シェルツァーの提案は実は4極子を使うものではなく 、円筒レンズを使うというものでした。円筒レンズは、XあるいはY方向だけに レンズ作用を持っており、それと直交する方向にはレンズ作用のないものです。 実際には、レンズ作用がないものは作れず、レンズ作用の大きさにX,Y方向で 大きな違いが出る、つまり大きな非点をもったレンズが作られたわけです。

最初はドイツでしたが、次に、現われたのは英国はケンブリッジの人たちでした。 この伝統がのちにKrivanekのSTEM用補正装置として、商用機にまで搭載されること になるわけですが、その実現までには長い空白期間がありました。

現在の装置につながる4-8極子のもとを作ったのが、このCambridgeのDeltrap でした。彼の論文を見ていくと、Seeligerの装置から次第に変化していく途中の 過程を見ることができます。よく、文科系の仕事では原典に当たることの重要さが 説かれますが、科学の仕事では、特に原著論文に当たる必要性というのは叫ばれません。 ただ、どうしてこういう形になったのかなといった疑問に答えてくれる一つの方法が 原著論文の図をざっと見てみることかもしれません。もう一つ、装置に関する解説は 装置を良く知っているメーカーの人が書いている場合は少ないという事情もあります。 装置の詳しいことは、原著論文にしか書いてないというのが本当のところです。実は、 新しい装置を作ろうとしたときに一番参考になるのは、ドイツで書かれた博士論文 なのです。雑誌に発表される論文には概要しか書いてませんが、博士論文には詳しい 図が載っています。

話がそれてしまいました。Deltrapに戻りましょう。 次のステップは、アメリカにわたります。Creweという人は、電子顕微鏡をやっている 人たち、特に、装置作りをしている人たちにとっては偉大な人の一人です。彼は、 電界放射型の電子銃を作り、STEMという走査透過型の電子顕微鏡の分解能を 高めた人として知られています。

Creweは、STEMの分解能をさらに上げるために、収差補正に入って行きました。 実際に装置を作ったのがBeckです。しかし、Creweは、やがて4-8極子による補正をやめ、 後でお話しする、6極子を用いたCs補正に方針転換をします。

その後のKoopsは、Csだけでなく、Cc補正の方法にも立ち入りました。 日本の岡山も、その上司の川勝とともに、70年代に4-8極Cs補正の理論と実験をやって います。かれは、8極子の作成精度がその当時実験的成功を妨げる元になっているとして、 独自の4極子+ラウンドレンズの組み合わせで8極子場を発生させるという独特の方法を 考案し、1990年には実験的成功を報告しています。しかし、実際に商業生産された 収差補正装置は、その4年後にドイツで発表されたものが世界的に採用されてしまいました。

1994年にドイツのZachが4-8極子をSEMに応用し実際にSEMの分解能向上を果たしたと いうニュースがドイツの国内学会で発表されました。このニュースを聞きつけて、 たまたま日本で開催された荷電粒子光学(CPO)の国際会議にZachを招待したことが、 その後の収差補正装置がブームになる端緒を開きました。ドイツでも日本と同じく、 自国内では評価されず、海外から招待を受けたと言うことが国内での資金獲得の 鍵になったと言うことです。
その後Krivanekによって開発された4-8極子によるCs補正がSTEMに搭載されて、 広く販売されるようになりました。Krivanekはケンブリッジ大学に戻って収差補正の 実験をしていましたが、1997年の電子発見100年記念のミーティングで自らの補正器を 公開しました。

岡山の4-極+ラウンドレンズによるCs補正器

岡山は機械精度が高くなければ収差補正器は作れないとする1970年代の考え方と機械 精度の狂いによる寄生収差も一緒に補正してしまえと言うコンピューターコントロールの 時代の狭間に生まれた機械精度がひとりでに高くなると言う補正器で、その構造はここでは 再現できませんので彼の解説を参照してください。原著論文は、

S. Okayama, A new type of quadrupole correction lens for electron-beam lithography, Nucl. Instrum. Meth. Phys. Res. A298 (1990) 488-495. に掲載されている。彼の一つの眼目は、8極子という制度の出にくい素子を使わずに4極子と ラウンドレンズの境界に形成されるフリンジ場が8-極成分を持つことに着目し、この8極 成分を利用して球面収差Csの補正を行うと言うものである。実際に4極子プラスラウンドレンズ の径を図8に示す。図には電場の等高線分布が描かれている。中央では4極子が形成されている。 フリンジにおいて発生した8極成分の大きさは図9にし召しておいた。確かに、ラウンドレンズと 4極子の間でピークを取り、4極子の中央でゼロとなる8極電場が作られていることがわかる。 個のように岡山は簡便な方法で8極場を作り、それを使って電子ビームリソグラフィー装置の 球面収差を減少させることに成功している。しかも、その成功はZachのSEMでのCs, Cc補正の 成功の4年前、KrivanekのSTEMでのCs補正成功の7年前に遡る。

次は電場・磁場重畳によるCc補正

4-8極子の軌道
図1. 4-8極子の軌道
8極子の電場分布
図2. 8極子の電場分布
8極子の作る負の収差
図3. 8極子の作る負の収差
8極子に与える収差
図4. 各8極子に与える収差
4個の4極子による電子軌道
図5. 4個の4極子による電子軌道のシミュレーション
4種類の開口収差
図6. 4種類の開口収差
Wien Correctorの収差
図6. Wien Correctorの作る収差。
8極子
図7. 12極子を使って作った4極場と8極場。
岡山補正器
図8. 岡山の4極子とラウンドレンズのフリンジ場の作る8極成分を使ったCs補。
岡山8-pole
図9. 4極子とラウンドレンズの作る8極成分。

8極Cs補正子に関する文献

1. Scherzer O (1947) Sphaerische und chromatische Korrektur von Elektronenlinsen. Optik 2: 114.132.

2. Seeliger R (1951) Die sphaerische Korrektur von Elektronenlinsen mittels nicht rotationssymmetrischer Abbildungselemente. Optik 8: 311.317.

3. Archard G D (1954) Requirements contributing to the design of devices used in correcting electron lenses. Br. J. Phys. 5: 294.299.

4. J.H. M. Deltrap, Correction of spherical aberration with combined quadrupole-octupole unitts, Grachoslovak Academy of Science, Czechoslovakia, Third European Regional Conference on Electron Microscopy, 45-46 (1964).

5. M. G. R. Thomson, The primary aberrations of a quadrupole corrector system, Optik, 34 (1972) 528-534.

6. Beck V D (1979) A hexapole spherical aberration corrector. Optik 53: 241.255.

19 Crewe A V (1980) Studies on sextupole correctors. Optik 57: 313.327.

7. Koops H, Kuck G, and Scherzer O (1977) Erprobung eines elektronenoptischen Achromators. Optik 48: 225.236.

8. S. Okayama, A new type of quadrupole correction lens for electron-beam lithography, Nucl. Instrum. Meth. Phys. Res. A298 (1990) 488-495.

9. Zach J, and Haider M (1995) Aberration correction in a low-voltage SEM by a multipole corrector. Nucl. Instrum. Methods Phys. Res. A 365: 316.325.

10. Krivanek O L, Dellby N, and Lupini A R (1999) Towards sub-A° electron beams. Ultramicroscopy 78: 1.11.

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