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EOS津野
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EOS津野の
電子光学講座
Electron Optics Solutions
この節では電子レンズの収差は正しか取りえないことを初めて見つけ、 収差補正法を提案したSchelzerの前提[文献:1]について述べます。シェルツァーは電子顕微鏡にとっては、 力学のニュートンや電磁気学のマクスウェルに匹敵するような人だと言えましょう。

Scherzerの前提

球面収差係数Cs, 色収差係数Ccが負の値を取れないことは1936年にScherzerによって 証明されました[1]が、そのときの前提を下に示します。また、その前提を崩すことによる 収差補正の方法は同じくShelzerによって1947年に提案されました[2]が、それぞれの 前提に対応させて右側に示します。シェルツァーの論文はドイツ語で書かれていまして、 読めませんので、Roseが2009年に発表した収差補正の歴史についての解説記事[3]に従って 述べることにします。

1. 物面、像面が共に実像。--> ?
2. 静電場又は静磁場。 -->時間変化する場
3. 場の分布が軸対称。 --> 多極子レンズ
4. 場とその傾きが連続。 --> 薄膜レンズ
5. 空間電荷がない。 --> 空間電荷制御レンズ
6. ミラーを除く。 --> ミラー


シェルツァーはドイツのダルムスタット工科大学の教授でした。 彼が電子レンズの収差補正の具体的方法を示した1947は、日本と同じ敗戦国ドイツにとって 戦後のどさくさの時期であり、また当時電子顕微鏡はまだ分解能などというものを 議論するような段階ではなく、歪みをなくすためのレンズの組み合わせ方といったことが 現実の課題でした。

余談になりますが、少し日本の電子顕微鏡開発の歴史に触れておきます。 電子顕微鏡は、戦後日本で大きく発展し、戦後の輸出産業の花形の一つと なりました。それは日本がナチスドイツと同盟国であったことがもたらした数少ない利点 であったかもしれません。日本での電子顕微鏡技術は戦争中も本場ドイツからの技術 導入が行われました。アルデンネのUltra Electron Microscopyの本が1941年に出版後直ぐにもたらされ、 半年で翻訳、出版されています。この本が潜水艦による技術資料の運搬がドイツから行われていた 物の中にあったと考えるには少しもたらされたのが早すぎますが、本ですからシベリア鉄道経由 だったのかもしれません。戦時中は日本の材料技術が未熟であることが懸念され、電子顕微鏡の 開発が望まれていました。戦後すぐに日本で電子顕微鏡技術が花開くことができた一つの理由は 、戦時中も途絶えることなく技術開発が行われ、そこにドイツからの技術導入があったからとも 考えることができます。

シェルツァーの後を継いだのがRoseでした。Roseは、シェルツァーの収差補正の理論を さらに発展させました。さらにRoseの弟子であったHaiderとZachが、ハイデルベルクのEUの共同 研究所で長い間収差補正の実用化実験を行い、ついに1994年に実験的成功を収めたこと によって、今日の収差補正時代が幕開いたのです。
後で上に示したいろいろな収差補正法については詳しく説明します。 ここでは、上のリストで収差補正法が具体的に書かれていない1.の実像について少し 述べておきます。 実は、この項目によって、過去に提案されたいろいろな収差補正法が否定されました。いろいろな人たち によって軸対称場を使っても負の収差が実現すると言う提案がされてきました。それらは当然、3の軸対称な 電場または磁場では負の球面収差・色収差を作れないというScherzerの法則に当てはまらないものでした。 発表した人たちは、どうだScherzerの言うことなんか間違っていたのだと胸を張ったわけです。 ところが、それらの提案を調べてみると、確かに負の収差は出来ていました。ここで感心してしまった人 たちも実はおられたわけです。ところが、よくよく調べると実像が作られておらず、 虚像のままになっているのがほとんどでした。収差補正法の中で、この物面・像面が実と言う条件は 大変厳しいものです。後ろに実像を作るレンズをつければよいじゃないかと思われるかもしれませんが、 そうすると、実像から実像までの範囲で収差を合計すると正になってしまうのです。途中で負の収差 になる場所があると言うだけでは収差補正には使えないのです。

虚像などという変なものは 知らないとおっしゃるかもしれませんが、実は、我々に最も身近なレンズは虚像の レンズです。虚像のレンズの代表はメガネです。虫めがねも、双眼鏡や望遠鏡も 虚像のレンズを使っています。
しかし、カメラのレンズは実像のレンズです。実像と虚像の分かれ道は、人の目で直接 見るときに使うレンズは虚像のレンズで、他の物に写して記録するのに使うレンズは 実像のレンズだと言うことです。私たちの目は、電子を直接に見ることはできません。蛍光塗料の 上に電子を当てると、電子は光に変わります。この光を我々は初めて見ることができるのです。 したがって、虚像のレンズが最終段のレンズになっているものは、電子レンズとしては 役に立たないのです。途中に虚像レンズがあってもよいのです。最後が実像のレンズ であればよいのです。1.で述べているのは、最終段のレンズが実像のレンズのときには、 負の収差が作れないと言っているわけです。このことをよく理解していないと、虚像 レンズの段階で収差が負になったと言って喜んでしまう場合が出てくるというわけです。

Scherzerの述べた収差補正の方法のすべては実際に試されています。しかし、軸対称でない場 即ち多極子場を使ったレンズ、ミラー、Wienコレクター以外はまだ実用からかなり遠くにある と考えられます。日本では名古屋大学で、電場の連続性を破る方法である薄膜レンズの研究が 長く行われましたが、色収差が増えること、5次の収差が大きく出てくることなどを解決できずに 中断しています。色収差が変化できることを逆に利用して色収差補正薄膜レンズを作る試みも オランダで始まっています。時間変化する場を利用する方法はパルス技術の発達により可能に なっています。特に、比較的低加速電圧で使われる光電子顕微鏡(PEEM)で実験が進みました。 レンズの強さを時間差で変えてレンズ内に入るエネルギーの違う電子に丁度良い強さのレンズ作用を 行わせれば色収差はなくなります。このほかにも、空間電荷を利用した補正器というのも 実験されています。

しかし、ここでは、4極子による色収差補正、6極子による球面収差補正、8極子による 球面収差補正、電場多極子だけを用いた色収差補正などの多極子と、これも多極子の一種 ではありますが、Wien filterを使った補正子、それとミラーによる補正についてそれぞれ述べて いくことにします。

収差補正についての解説は日本語でも沢山発表されています。下の文献リストの4から12が それですが、電総研の岡山さんと大阪大学名誉教授の裏先生以外は電子顕微鏡のユーザー に当たる方がお書きになったものです。収差補正技術は日本で1990年に岡山さんにより成し遂げ られていたにも拘らず、商業的に成功したのがそれより4~7年遅れて発表されたドイツとアメリカ においてであります。

文献

1 Scherzer O (1936) Ueber einige Fehler von Elektronenlinsen.  Z. Physik 101: 593.693.

2 Scherzer O (1947) Sphaerische und chromatische Korrektur von Elektronenlinsen. Optik 2: 114.132.

3. Harald H. Rose, Historical aspects of aberration correction, Journal of Electron Microscopy 58(3): 77.85 (2009)

4. 田中信夫 第15回国際電子顕微鏡学会報告(装置・材料系)-球面収差補正TEMの現状- 電子顕微鏡 37 (2002)218-220.
5. 阿部英司、A. Lupin, S.J. Pennycook, 球面収差補正STEMの分解能
6. 裏克己 多極子と電子鏡による対物レンズ収差補正:解説 学振第132委員会第4回ナノビームテクノロジーシンポジウム資料(1.11.12)p.1-8.
7. 岡山重夫、レンズ収差補正技術に関する内外の動向 荷電粒子ビーム用レンズ収差補正技術に関する内外の文献データ等 学振132委員会ISAC準備委員会 (2005).
8. 岡山重夫、 多極氏レンズによる収差補正技術の実用化。 学振141委員会 第126回研究会資料(18.11.28~29) p.1~14.
9. 谷城康眞, 近藤行人, 高柳邦夫, 国産球面収差補正電子顕微鏡R005の開発 J. Vac. Sci. Jpn. p.714~718. (2008)
10. 高柳邦夫, 収差補正装置の現状と将来, Vol. 51, No. 11, 2008, p.691-694 (2008)
11. 阿部 英司 電子顕微鏡における収差補正技術開発の世界的動向と日本の現状 科学技術動向 11, (2010) No. 116
12. 高井義造 高分解能電子顕微鏡の進展と今後、顕微鏡 46 (2011) 246-252.

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