EOS津野の 電子光学講座
コンタクト eostsuno@yahoo.co.jp |
TOF(TimeOfFlight)と言う分析方法が他のエネルギー分析法に対して有利な点は、
多チャンネル測定の可能性があることでしょう。通常は、分散量の測定は一つの
エネルギーに対してしか行うことが出来ません。角度を変えてエネルギーの変化を
測定する場合、電子回折図形を作って、それぞれのスポットに対してエネルギーを
同時に求めることが出来るならば、実験の効率は飛躍的に向上すると思われます。
半導体の時間測定素子を電子回折図形のそれぞれの位置に並べて置くことが出来れば、
多チャンネル測定が夢ではありません。そのような可能性を持った時間測定による
エネルギー分析手法であるTOF(TimeOfFlight)ですが、最初にレンズモードで光電子
を走らせますと、途中かららせんモードに切り替えることが出来ません。もちろん、
レンズモードでも飛行時間の測定はできますし、そのような製品も発売されています
が、そのままでは、外乱に弱い装置になってしまいます。ここでは、欲張らずに、
最初から、電子にらせん運動をさせ、低加速電圧でも外乱に強くしたうえで、
飛行時間を長く取れるようにして高いエネルギー分解能計測する方法を選択しました。
こうして、飛行時間(TOF)測定による仕事関数測定装置ができました。
この装置を使って、ご自分の試料に対して仕事関数の測定をやってみたい方は、
北海光電子に連絡を取っていただければ、デモをしてもらうことが出来ます。
株式会社北海光電子 武藤正雄
TEL011-737-9162 FAX011-788-6283
E-mail info@hpeem.com URL: http://hpeem1.jimdo.com/
いろいろな角度に対する光電子の飛行時間を一度に測定できる多チャンネル測定
については、アイデアがあります。これが出来れば、物質のバンド構造の素早い
測定ができるのではないかと期待しています。興味のある方は、
eostsuno@yahoo.co.jpまでご連絡ください。
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飛行時間フィルターTOF(TimeOfFlightAnalyzer)
物質の仕事関数は、その物質から電子を真空中に飛び出させるために必要なエネルギー
です。この量は、物質に光を当てたときにその物質から光電子を真空中に飛び出させる
に必要なエネルギーを測定することによって知ることが出来ます。そのための一つの
方法として、試料に可視光や、X線などを当てたときに試料から飛び出した光電子の
エネルギーを測定することで知ることが出来ます。エネルギーの測定方法の一つ
として、一定の長さの空間をどれだけの時間で電子が飛行するかを測定する飛行時間
測定TOF(TimeOfFlight)法が知られています。
ところで、光電子は試料表面に対して色々な角度で飛び出して来ますが、この角度は
、試料を構成する物質のバンド構造を反映しており、光電子のエネルギーの角度依存
性を調べることで、その試料物質のバンド構造を知ることが出来ます。
ところが、実際の装置において、光電子を試料から引き出すために、試料に対して
高電圧を印加している関係で、光軸に対して、実際に試料を傾斜することはでき
ません。傾斜することで、試料と装置の間の電場分布が大きく変化し、光電子を
うまく取り出すことが出来なくなるからです。このため、光電子に対してレンズ作用
を行わせ、電子回折図形を作らせ、その図形から、傾斜角を求め、その傾斜角を持つ
光電子の飛行時間を調べることで、光電子の傾斜角度とエネルギーの間の関係を
調べることが求められます。
さて、図1に装置の概念図を示します。装置は、3つの領域から構成されます。
第一の領域では、放出された光電子が試料付近に滞留して次の光電子が出てくるのを
妨げる、いわゆる空間電荷効果を防ぐだけの加速電圧を与えてやる必要があります。
飛行時間測定のためにはパルスの電子ビームが必要ですので、光源としてはパルス
レーザーを使います。幸い、レーザー光は、距離の離れた場所から照射しても
広がらずに試料まで届きますので、直径3mm程度のビームを試料に照射することが
出来ます。この時、500V程度の加速電圧で電子ビームを加速しても空間電荷の発生は
ないことは実験的にも、計算上からも確かめられています。もっと広い領域を一度に
光で照射した場合には、空間電荷の影響が出る可能性がありますので、不必要に大きな
ビームで試料を照射しないことが必要です。
ところが、実際には、(加速電圧を下げることによって)光電子の飛行時間を精度よく
求めるためには、電子の速度を遅くし飛行時間を稼いでいる関係で、そのままでは
実験室内のわずかな電場や磁場によって影響を受けやすくなるので、この飛行時間を
測定する領域では電子に螺旋運動させることで低加速電圧ではあっても外乱の影響を
受けにくくすることが求められます。回転運動をしている物体に力を加えても、
その力の影響を排除しようとする逆向きの力が働くことは、地球ゴマを回した状態と、
止まっているときとで、それを手で持って動かそうとしたときに抵抗力を感じるか
どうかで確かめることが出来ます。少ない加速電圧の下で、電子を走らせることで、飛行
時間を稼ごうとしたとき、電場や磁場の外乱から電子の飛行が影響を受けないようにするためには、
飛行中の電子にらせん運動をさせることが有効です。このことを地球ゴマが回っているときと、止まって
いる時の抵抗力の差から感じ取ることが出来るわけです。
ところが、実際には、最初、電子回折パターンを光電子発生領域で作ってしまうと、途中でらせん運動
モードに切り替えることが出来なくなります。図2参照。飛行時間領域でらせん運動をさせるためには、
図3に示すように、最初かららせん運動をさせる必要があります。つまり、最初にレンズモードで電子
回折パターンを作り、その後で、らせんモードに切り替えることはできないのです。
そこで、市販の装置の中には、らせんモードに切り替えることを放棄し、レンズモードのままで
光電子を飛行させ、飛行時間を測定する装置が発売されています。この場合、装置を外乱に強く
するためには、飛行中の加速電圧を高くする必要があり、検出器である飛行時間測定の精度が高い
ことが求められます。このように、試料から放出された光電子でまず電子回折パターンを作らせた後で、
螺旋運動モードに切り替えることには困難がありますので、ここでは、最初にレンズモードを作り
、電子回折図形を作ることはせず、最初から直接らせんモードの光電子を発生させることによって、
低加速電圧でも外乱に強く、安定な飛行を続ける事が出来るモードを選択しました。これによって、
物質の仕事関数のみの測定が出来ますがこのままではバンド構造を調べる装置にはなりません。
飛行時間モードで、螺旋運動をさせるためには、発生した光電子が試料から離れる時にらせん運動
モードをしていることが求められます。図2がレンズモードで光電子が発生した場合、図3がらせん
モードで最初から発生した場合の電子軌道を示しています。最初かららせんモードで実験をした場合
、図4に示しますように、実際には色々な角度のビームが出てきます。そこで、角度による飛行時間の
変化分だけ、測定値はばらつき、それを上回るだけの飛行時間変化をもたらす仕事関数の変化がないと
検出が困難になるのではないかと考えられますが、実際には、オッシロスコープのイメージは、図5の
ように、飛行時間の最も短かった場合に対応したピークが出てくれますので、色々な角度に対応した
色々な飛行時間が誤差となって入り込むわけではなく、一番短い飛行時間に相当する垂直放射の場合
のみをオッシロスコープ上のイメージ(図5)のみが表示されます。ですから、試料表面からいろいろな
角度で光電子が飛び出していても、その中の一番飛行時間の短いケース、全体の光電子を取り込んだ
場合には、一番短い飛行時間である垂直放射の場合の飛行時間が測定されることになります。
このように、仕事関数だけを測定すればよい場合は、最初かららせんモードになるように放出光電子
の条件を設定すれば、色々な角度から放出される光電子の存在は邪魔にならず、垂直放出される
光電子、これは仕事関数に相当します、それだけを検出することが出来ます。図6は、計測された
光電子の飛行時間から、試料のエネルギー、つまり仕事関数を計算するために行った実測例を示し
ます。
測定された飛行時間から、仕事関数の値を計算するには、試料から光電子を引き出すのにかけた
加速電圧を変化させて、飛行時間を測定します。次に、この引き出し電圧を変えて何度か飛行時間
を測定し、飛行時間と印加電圧の値の関係を示すグラフを作り、印加電圧を零に外挿したときの
電圧を求めますと、その電圧値が仕事関数になります。図6にその実例を示します。図6は金に
ついての測定例を示していますが、この実測例では金の仕事関数は4.24eVと計算されました。
インターネット上(http://mh.rgr.jp/memo/mq0141.htm)に記載された仕事関数(eV)では、金の
仕事関数は4.70と表示されていますので、両者には多少のずれがありますが、原因はわかり
ません。
角度を変えて飛行時間を測定し、仕事関数のみならず、物質のバンド構造まで測定できる装置
へのアップグレードに関して興味ある方はご連絡下さい。その方法はわかっていますので、
ご一緒に装置の作成をすることもできます。ここでは最初かららせんモードにした場合即ち、
仕事関数測定器について説明しました。
最初、レンズモードで光電子を発生させ、電子回折図形の中から特定の角度のビームを選択して、
その角度のビームだけを飛行時間領域に入れてやるか、あるいは、全ビームを通してやって、
検出領域で、再びレンズモードに戻して特定の角度に対応するビームのみを選択して検出器に
入れるか、沢山の半導体時間測定素子を電子回折図形のスポットに対応させて並べておき、一度に
多チャンネルの角度に対する飛行時間の測定を行うことも考えられます。
但し、このようなモードの切り替えは図1に示しましたような装置構成ではできません。図1の構成
の装置では、図2に示しますように、試料から出たときにレンズモードであればずっとレンズモード
を継続し、図3に示しましたように、らせんモードで出発すればらせんモードが継続します。途中で
これを切り替えるには、特殊な装置を付加する必要があります。この切り替え装置につきましては、
そのような装置を必要とされる方からご連絡をいただければ、お知らせして、ご一緒に
装置を製作することが出来るかと思いますのでご連絡をお待ちしております
eostsuno@yahoo.co.jp
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図1. 飛行時間測定装置の構成例。従来型。 |
図2. 最初にレンズモードで試料から出た光電子は、飛行時間領域
に入ってもレンズモードのまま。 |
図3. 最初らせんモードで出たビームは、飛行時間領域でもらせん
運動を継続する。 |
図4. 試料の仕事関数5V及び10Vの場合の試料傾斜角と飛行時間
の関係。 |
図5. 飛行時間測定用オッシロスコープのイメージ。光電子の放出
角は色々な値をとるが測定されるのは垂直放出される最大値だけである。 |
図6. 光電子引き出し用の加速電圧に対する飛行時間の関係。引き
出し電圧ゼロの値から仕事関数の値が求まる。 |
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