EOS津野
電子光学講座
顕微鏡やカメラは日本の独壇場と思われていますが、表面観察用の顕微鏡である低加速反射電子顕微鏡(LEEM)や 光電子顕微鏡(PEEM)は、残念ながら今では日本のメーカーがなく、ドイツに主なメーカーがあります。この状況 を打破して、国内でメーカーを立ち上げようと北大・触媒研の朝倉先生の御指導で、光電子を使った機器の製造・ 販売を行っている北海光電子(武藤)、函館の真空機器メーカーである 菅製作所がPEEMの試作を行いました。 そのPEEMの物理設計は北海光電子のご紹介によって、私がお手伝いをさせていただきました。その間の事情は、 機能材料と言う月刊誌の2013年3月号に出ています。次のタイトルをクリックしてください。 「新しい光電子顕微鏡PEEMの開発とその特徴」。ここでは、その内容も含めて、光電子顕微鏡PEEM について詳しくお伝えします。


第一章. 光電子顕微鏡PEEMとはどんな装置か


電子顕微鏡には基本的に図1に示すような4種類があります。像を作る方法としては、光の顕微鏡でおなじみの レンズを使って試料の像を拡大していく直接写像方式と、細いプローブを試料上に走査し、それぞれの位置か ら出てくる電子の量を試料位置に対してディスプレイに表示するスキャン方式に大別されます。一方、試料の 何を見るかと言う点では、電子ビームを試料の上から下まで透過させて全体の影響即ちバルクな性質を調べる 顕微鏡と、試料の表面から出てくる電子を観測する、つまり表面観察の二つの方式があります。

ここは、PEEMの説明ですから、PEEMが属する表面顕微鏡の方を見てみますとスキャン方式としてSEMが上げられ ていますが、SEMを表面顕微鏡と言う人はいません。SEMの加速電圧は数百Vから30kV程度まで変化させることが 出来ますが、30kVでは試料中に数ミクロンも電子が潜り込んでしまいますので、表面と言うよりはバルクの 性質を反映した像になります。近年、低加速電圧SEMと言うのが脚光を浴びましてほとんどのSEMが数百から 2kV程度までの低加速電圧での観測が出来るように作られていますが、これは試料のチャージアップを防ぐ ための対策です。

SEMでも表面観察装置としての応用は行われており、超低加速電圧SEMあるいはスキャンニングLEEMと言う 名前で呼ばれる特別のSEMがありました。これはチェコのBrnoにある科学技術機器研究所で長く行われていた 研究ですが、最近日本でも取り上げられるようになっています。電子ビームをスキャンするか、あるいは 直接写像で像を作るかと言う違いだけで、基本的にLEEMと超低加速SEMは、TEMとSTEMのような関係にあります。

それでは、同じ直接写像で試料表面を観察するLEEMとPEEMにはどんな違いがあるでしょうか。図2に、直接写 像型の電子顕微鏡である透過電子顕微鏡TEM, 反射電子顕微鏡LEEM、光電子顕微鏡PEEMの原理的な違いを示し ました。TEMでは試料の前方に、 照射電子レンズ系、試料の後方に結像レンズ系を持ちます。ビームは、一本の線上に直線的に進みます。 これに対して、LEEMでは試料で電子ビームを反射させます。しかも、試料に入射させるビームも試料に対して 垂直入射、試料から反射してきたビームも試料に対して垂直方向に進みますので、両ビームを分離するための ビームセパレータが必要になります。いずれの場合も、電子を真空中に放出するための電子銃を備えています。

これに対して、PEEMでは、電子光学系としての照射レンズ系は不要となります。試料に照射するビームは光 又はX-線となります。このビームは特に試料に対して垂直に入射させなければならないと言う制約がありま せんので、結像レンズ系の邪魔にならないように斜めから当てればよいので、ビームセパレータが要らなく なります。つまり、電子光学系は、結像レンズ系だけで良いという、最も簡単な構成になります。

このように、PEEMは電子顕微鏡のX-線中で最も単純な構成を持っていますが、実際の使用例を見ますと、まず 光源として加速器によって作られる特性X-線が用いられる場合が多かったり、分光器が付く場合が多くあった りで、必ずしも単純な構成で使われる場合が多いわけではありません。TEM/STEM, SEMでは顕微鏡機能が主で 分析機能は付属装置と言う感覚があり、分析が主体の装置は、X-線アナライザ、オージェ分光装置、ESCAなど 分析が主体で像観察は付加機能と言った装置に分かれます。PEEMの場合は、PEEMと呼ばれる場合は像観察装置 ですが、分析が主体になると、XPS,Nano ESCA, ARPESなどと言った装置があります。我々の設計、製作した myPEEMの設計に始まる原理図から、作成した装置の写真までを図3に示します。この装置については後で詳しく 説明します。

PEEMの光源としては、水銀ランプを用いて紫外光を発生させる場合で光電子エネルギーは数V~十数ボルトになる ようです。ただしエネルギー幅は十ボルト程度あるようです。これに対し、加速器を用いてX線を発生し、分光 器を使って特定のエネルギーだけを持つ特性X線を当てた場合は、数百ボルトの 光電子エネルギーを持つ光電子が 発生しますが、そのエネルギーだけの電子が放出されるわけではなく、その他の電子も放出されるようです。 ただし、エネルギー幅が0.1eV以下と言った優れた電子線が得られます。加速器を用いたもう一つの光源としては、 自由電子レーザーがあります。これについてはまだ良く調べていないので良く説明が出来ません。

分光では、角度分解エネルギー分析ARPESが最近急速に発達しており、これによって、試料のエネルギーバン ドの構造が一挙に得られるようです。そこまで行かなくても、分光は最も重要な光電子装置の役割のようです。 図3はエネルギー分析をする装置の例です。PEEMの後ろに半球フィルタを付けるのが一般的なようです。昔は、 ミラー型の分析装置が付くことが多かったのですが、だんだん半球型が付くケースが多くなっています。光源は、 水銀ランプを分析の場合に使うケースは見当たらず、通常のX-線源を使う場合、軟X-線を使う場合などもあり ますが、多くは特性X線を使った分析が多いようです。これらの装置につきましても後ほど簡単な説明を行う予定 ですが、まずは像観察装置としてのPEEMに戻ることにします。

第一章. 光電子顕微鏡PEEMとはどんな装置か
第二章. myPEEMはどのようなPEEMか
第三章. 光電子分光について

著者のページ

作成日 2013/05/04 2018/12/23

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図1. 電子顕微鏡のいろいろ。
図2. TEM, LEEM, PEEMの原理的な違い。
図3. myPEEMの外観、機械設計図面、シミュレーション用メッシュ図、概念図。
図4. X-線光電子スペクトロメータ。
図1. myPEEMの構成。

目次_光電子顕微鏡PEEM
光電子顕微鏡PEEM
myPEEM
光電子分光
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目次(全体)

1.最初のページ
2.レンズ設計
3. 透過電子顕微鏡TEMの電子光学
4.偏向と非点補正
5.走査型電子顕微鏡SEMの電子光学
6.光電子顕微鏡PEEM
7.エネルギー・アナライザ
8.Wien Filter
9.収差補正
10. スピン回転器
11.著者のページ

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