Wien Filterのシミュレーション
.Wien Filter 開発の歴史
  製作のテクニック
.1. Andersen型二段コイルによる一様磁場
.2. トロイダルコイルによる一様磁場
.3. 多極子空芯コイルによる一様磁場 その1
.4. 多極子サドルコイルによる一様磁場 その2 鉄のミラープレート付
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EOS津野
電子光学講座
ウィーンフィルタは、静電型あるいは磁場型の質量分析装置や電子ビームエネルギーアナライザの 一種で、電場と磁場とを重畳させて使うものと考えられていますが、近年、その利用の広がりは 単なるフィルター、あるいはアナライザーに止まるものではありません。電子ビームを使う あらゆる分野で思いもかけない応用が次々と見つかっています。フィルタとして以外の応用としては、 ビームセパレータ、スピン回転器、フェイズシフター、収差補正器、そして最近提案されたのは、 軌道角運動量からスピン偏極への変換器としての応用も考えられています。こうした多彩な応用を 助けるのも、そのビームの直進性という単純な性質によるところが大きいと思われます。いくら、 数学が得意でも、ビームが曲がっている系をきちんと扱うには困難があります。これをビームの 中心軸を直線にしたWien Filterは、理論、実験の両面で多様な展開を見せることが出来たのです。 そして、製造上の色々な困難も、最近の加工技術の進歩によって、克服されています。ここでは、 Wien Filterをその1898年の始まりから本格的な応用が始まる1960年代までを振り返ってみることにします。

ウィーンフィルタ開発初期の歴史

Wien Filterは、1898年に初めて使われました。と言うと驚く人が多いのですが、それは当然ともいえます。 このころ、イオンはCanal ray, 電子はCathode rayと呼ばれていました。いずれも 、光のような光線として理解されていたわけです。J.J.トムソンによる電子の発見が、1897年として理解 されているのは、彼が電子のe/mつまり、電荷と質量の比を測定したからで、これで電子が粒子であって、 重さもあるということが理解されたからだと思います。Wienも、実はWien Filterをこのe/mの測定のために 作ったのでした。ただ、J.J.トムソンに遅れること1年。よりエレガントな装置を使って測定したとは 言っても一年の遅れは決定的で、電子の発見者にはなれなかったわけです。 このころ、レントゲンによるX線の発見が1895年、イオンはゴールドスタインによって、1886年に発見 されています。

これらは質量分析装置もなく、電子顕微鏡が発明されるのも30年以上後のことです。なぜ、ウィーン フィルタという質量、あるいはエネルギーの分析装置と思われているWien Filterだけが、19世紀の 終わりに発明されたのでしょうか。これは天才のひらめきだったのかもしれません。しかし、レントゲンがX線を初めて見つけ 出したとき、彼はその将来の応用にいろいろ思いをはせ、今日使われている色々な応用分野を予想しました。 しかし、Wien Filterを初めて使ったWienは、彼のその後の人生で再びそれを使うことはありませんでした。 Wien Filterは、その後110年以上の歴史を刻むことになるのですが、その前半はほとんど目立った利用は ありませんでした。その素晴らしい応用の広さ、その簡便さは、ようやくいま理解され始めようとして いるところです。

Wien Filterを発明したWienの名前は、Wilhelm Carl Werner Otto Fritz Franz Wien という長い名前です。 彼は1864年にドイツのケーニヒスベルグという東プロシャの農家に生まれました。なくなったのは1928年 です。 彼は、1911年にノーベル賞を受賞していますが、その業績は、Wien Filterではなく、熱の放射 スペクトルに関するものでした。金属などを熱していきますと、暗い赤から、やがて輝く赤色、オレンジ、 黄色、そして最終的には白い色になっていきますが、このスペクトルの変化が研究業績だったようです。

そうはいっても、早くからイオンや電子の研究から別の分野に移ったというわけではなく、生涯、イオンの 研究者としてドイツの物理学会に君臨し、今でもその名を冠した研究所があるようです。ただ、われわれの 関心のあるWien Filterに関しては、1897年に装置の製作をはじめ、1898年に結果を発表したe/mの測定 ただ一度きりであり、電子の研究もこれを最後に別れを告げています。最初は、1895年のレントゲンの X線発見に触発されて、X線の発生源としての電子源の研究が彼の研究者としてのスタートでも あったわけです。もちろん、この当時、電子という認識はありませんでしたから カソードレイという光線を真空中で金属にぶつけるとX線が出てきたわけです。カソードレイというのは、 オッシロスコープのことだと思えば良いでしょう。思えば、真空中を走る電子は、最初にオッシロスコープ として応用され、それは今でも使われていますが、その他に誰もが持っている道具として大きく広がった のは、真空管でした。次はカソードレイチューブ、CRTと呼ばれた、テレビのブラウン管です。この二つとも 消えてしまいました。いまでは、真空中電子は、大衆の間からは忘れられた存在となり、研究者の 間で細々と利用されている段階に来てしまったのかもしれません。

さて、このようにWienの人を語ることと、Wien Filterの歴史を述べることは全く別のことになってしまいます。 我々の目的は、Wien Filterについて語ることですので、ここでWienその人について語ることはやめにします。 Wienその人に興味のある人は、次のURL を参照してください。
http://www.sbfisica.org.br/bjp/files/v29_401.pdf. これはブラジルの電子顕微鏡学会が、Wien Filter発見100年を記念して開いたミーティングでKarl Wienという 人が行った講演を文章にまとめたものが載っています。これはフリーでダウンロードすることが出来ますので、 Willy Wienの生涯について詳しく知ることが出来ます。これは、Braz. J. Phys. vol.29, n3 Sao Paulo Sept. 1999 の発行となっています。タイトルは、100 years of ion beams: Willy Wien's canal raysというものです。

このように、Wien filterは、電子のe/mの測定に用いられただけでその後文献上に引用されることは ありませんでした。Wien Filterの名前は、1934年になって初めて2つの文献に出てきます。いずれも ドイツで書かれた理論の論文です。
R. Herzog, Ionen-und electronenoptische Zylinderlinsen und Prismen. I. Z. Phys. 59 (1934) 447-473.
H. Henneberg, "Feldkombinationen zur Geschwindigkeits- und Massenspektrographie. I" Geschwindigkeits- u. Mass enspektrographie. I Ann. Physik 19 (1934) 335-344.
いずれもドイツ語で書かれていますので、詳細は分かりませんが、一様電場、一様磁場それぞれの中での 荷電粒子の軌道に関する論文で、それらの場が重畳した場合にも触れ、その場合をWienish Filterと 呼んでいます。ここまでWien Filterの名を挙げた論文がないにもかかわらず、電場と磁場の重畳した 場合をなぜWienishFilterと呼んだのかについては謎です。それまで、学会発表などではそのよう に呼ばれていたのが、ようやく文献にも現れたのかもしれません。

ただ、Wienはノーベル賞をもらった著名な物理学者ですし、Annerlen der Physikという物理学雑誌の 発行者でもありましたので、ドイツにおける学問の中枢にいた人物と考えられます。第一次と第二次の 世界大戦のはざまで、ドイツの国威を高めるためであったかもしれません。

一方、アメリカに目を転じますと、全く別のことが見えてきます。まず最初は、電場と磁場の重畳だけが 注目されていました。1920年代、30年代は、アイソトープの研究が盛んに行われていた時代です。 化学的性質は同じでありながら原子の重さの違うアイソトープ、原子の重さが 中途半端な値となる理由を与えてくれたアイソトープ、そのアイソトープを実験で分離できるのは 質量分析装置でした。一様電場を用いたものと、一様磁場を用いた質量分析装置が出ていましたが、 両者を重ね合わせて使うと、ビーム径が細くなると言われていました。
W. Bartky, A.J.Dempster, Paths of charged particles in electric and magnetic fields, Phys. Rev. 33 (1929) 1019-1022.
1929年の論文にそのことが初めて書かれています。いくつかの論文でも同じような記述が1930年代に 入って見られます。

Wien Filterが最初に実験に用いられたのはアメリカで、Bainbridgeによります。最初は二重 質量分析器と言って、マスのみではなくエネルギーとともに二重に収束を行わせることによって マス分解能を上げようとした装置のヴェロシティセパレータとして使われました。
K.T. Bainbridge, The masses of atoms and the structure of atomic nuclei, J. Franklin Institute 215 (1933) 509-534.
もともとWien Filterはエネルギーアナライザというよりは、原理的には速度フィルターとして の機能をもっているわけです。これをセクター磁場型あるいは180偏向型の静電フィルタの前につけて 使ったわけです。

このようにWien Filterの実際の装置への応用はまずアメリカにおいて単なる電場と磁場の重畳から 始まりました。やがて、ビーム直進の条件を使うことがより便利であることが理解されたわけですが、 それでもその初期段階では質量分析装置の補助的装置としてその利用が始まったわけです。戦後になって、 直進条件を満たす電場・磁場重畳装置が、1898年にすでにドイツで使われたことがあったことが知られ、 ウィーンフィルタと呼ばれるようになったものと思われます。

本格的な利用は、1960年代になって初めて、Boerschらによる高エネルギー分解能モノクロメーター、 アナライザーとしての利用をまたなければなりません。1960~70年代には、電場と磁場の重畳の仕方、 磁場方向への収束を得るための4極子電場、あるいは磁場を作る方法、フリンジ場の影響についての考察、 そして二次収差の理論など色々な研究がおこなわれるようになります。これらについては別に解説します。

図1. Wienが1898年にe/mを測定したと言われているフィルタの模式的形状。 (C. Brunn´ee, Int. J. Mass. Spectrom. Ion Proc. 76, 125 (1987)に出ている図を Inorganic Mass Spectrometry: Principles and Applications J. S. Beckerが2007年に 再録したものをまねて描いた図。

図2.Bainbridgeの用いた質量分析装置。速度フィルターとしてWien Filterが使われている。

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作成日 2012/02/26