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EOS津野の 電子光学講座 |
試料に磁場のかかる磁場浸潤レンズの開発競争はその目的も単純でわかりやすく、検出器との関係も
それほど込み入ったものではありませんでした。しかしながら、ここでご紹介する予定のリターディング
法を利用した低加速電圧SEM法は、その対応がいろいろでその開発が1990年代から盛んに行われた
にも拘らず、いまだにすっきりと纏めることが出来ないような気がしています。方法もいろいろあります。
試料をアース電位に置かなければならないのか、高電圧上においても良いのか、磁気回路の場所によって
電圧が異なる場所を作るためにヨークを分断しても良いのか、それともパイプを入れて高電圧を
与え、磁気回路はあくまでもアース電位上に置くべきなのか。試料傾斜をするために試料とそれと向き合う
電極の間は同電位にしなければならないかどうか。いろいろな問題があり、メーカーによって、
機種によって違いがあります。いろいろな対応を見ていきましょう。
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4. 低加速SEMのためのリターディング
磁場浸潤型の対物レンズは、低加速でSEMを使った場合に起こる分解能の低下をレンズの性
能向上で補おうとしたものでした。この開発とほとんど時期を同じくしてもう一つの別の方
法が開発されていました。それがリターディング法で、絶縁体や半導体の観察に必要な低加
速電圧は電子ビームが試料にぶつかる時にだけ必要なことで、電子銃から対物レンズまでの
間に要求されていることではありません。そこで、対物レンズと試料の間で減速をして試料
に電子がぶつかる時にだけ低加速電圧にすることが出来るリターディング法の研究も盛んに
行われるようになりました。
リターディング法そのものの開発は実は1968年にはすでに始まっており、ケンブリッジ
のPadenとNixonが色々な場合について試みていました。しかし、盛んに研究が行われるよう
になったのは1990年代以降であると言えましょう。リターディング対物レンズの形状として
は図1のような二つの方式に分けられます。左側のレンズでは、磁場レンズのヨークを分断し、
高電圧に繋がる部分とコイルを含む部分をアース電位に置くことが出来るようにしています。
これに対して右のレンズでは、パイプを通してその中だけを高電圧にし、レンズはアース電
位上に置きます。左側のレンズの方がレンズ性能を最適化するためには優れていますが、右側
のレンズは簡単であり、色々なバラエティーを作ることが出来る利点があります。
さらに、電場、磁場と試料との関係は図2~4に示す3つのタイプに分かれます。図1に
示したのは図2の電場も磁場も試料にかかるタイプですが、それだけではなく、図3のように
電場は試料にかからず磁場だけの場合と、図4のように、電場のみならず、磁場も試料にか
からないように工夫されたレンズも見られます。図2の型は、レンズの収差を最も小さくで
きる場合で、何よりもレンズの性能が優先されるような使い方がなされる場合に選択され
ます。これに対し、汎用SEMと呼ばれている一般的なSEMでは、試料傾斜に対する要求が強く
あります。試料と対物レンズの間に強い電場が掛っていると試料を傾斜することが出来なく
なります。これを防ぐために、試料に電場をかけないようにし、電子の減速は対物レンズの
中で終わらせて、レンズの電極(磁極)は試料と同じアース電位に置くと
言うことが行われました。さらに、図4の場合には、鉄鋼やその他鉄を含む試料の観察時に
試料に磁場が掛っていますと観察が出来なくなります。これを防ぐために、試料に磁場もか
からないいわばコンベンショナルなレンズが求められることに答えたものです。このように
SEMではバルク試料を観察する必要からTEMとは違ってレンズに求められる性能は空間分解能
一点張りではなく、実際的な試料のハンドリングのしやすさが大きな比重を占めて来ます。
もう一つ重要なのが対物レンズと検出器との関係です。一次ビームが減速されると言うこと
は二次電子は加速されると言うことになります。例えば30kVの加速電圧のSEMを1kVに減速し
て使う方法はいくつかありますが、例えば図5のようにします。まず、電子銃の陰極は-1kVに
しておきます。アース電位にある試料に対してV1=1kVの加速電圧でビームをぶつけるためです。
次に、SEMの鏡筒の中を30kVの加速電圧でビームを通すために、陽極はV2=+29kVに上げておき
ます。陽極から対物レンズの磁場ギャップの近くまで、こV2=の+29kV
につながったパイプ(ブースター)を通します。対物レンズの最後の磁極はアース電位に置き
ます。これでビームはコンデンサレンズと対物レンズの磁場の一部を30kVで通過することに
なり、対物レンズの磁場分布の途中から1kVに減速され、試料に当たります。
今度は図6を見ながら、二次電子のことを考えてみましょう。1eVで試料から放出された二次電子
は対物レンズの途中から+29kVの高電圧のパイプの中に引き込まれますので、29001Vに加速され
ます。この時の二次電子の振る舞いは図2~4に示すどの対物レンズかによって異なって来ますが、
共通して言えることは、強い電場があり、二次電子はこの電場によって加速されるため、より
弱い電場をかけているET検出器には入り難くなることです。もう一つ大事なことは、一次ビー
ムは30kVでしたが、二次電子は0~50eVの範囲のエネルギーを持って放出されるとしますと、
29.00~29.05kVに加速されて登っていくと言うことです。一次ビームが試料上にフォーカスす
るように電圧と電流が設定されていますので、二次電子はそれより必ず低い加速電圧で帰って
行きますので、対物レンズの上部に達する前に必ず一度フォーカスし、対物レンズの上部に達
する時には図6のようにある程度の広がりを持つことになります。これがリターディング型の
対物レンズを持つSEMの二次電子の振る舞いになります。
図2では試料と対物レンズの間に高電圧がかかかりますが、、図3では、試料傾斜を
可能とするために、試料と対物レンズの間の電場をゼロにするように工夫されています。
一般に汎用のSEMでは図3のタイプが選択されますが、試料傾斜を行わないことが分かって
いる半導体検査用SEMではレンズ性能を優先して図2の型が用いられています。
磁場浸潤型の対物レンズの場合、二次電子のエネルギーに変化はないため、ウィーンフィルタ
型のビームセパレータを使った場合、その電圧、電流は0~50eV程度の二次電子を90°偏向する
ために必要な弱い値であり、30kVの一次ビームに影響を与えるほど強くはありませんでした。
しかしながら、リターディング型の場合、二次電子は対物レンズのなかで29kVにまで加速され、
30kVとはほとんど差がなくなります。このため、ウィーンフィルタの収差が一次ビームの作る
ビームサイズに直接的な影響を及ぼすことになります。そのため、ウィーンフィルタの収差の
影響を一次ビームが受けないようにするためのいくつかの工夫がなされました。一つは、入射
ビームに対してはウィーンフィルタを二段にして二次の幾何収差のキャンセルを行わせました。
図7(a)はこの時の構造を示しています。ビームを偏向させるためのウィーンフィルタより
上部にもう一つのフィルタが入っています。一次ビームに対してはビームは二つのウィーン
フィルタを通過します。アナライザを二段にして二次の幾何収差をキャンセルする手法は
多くの所で利用されています。この時同時に分散もキャンセルされますので、ビーム
セパレータとしては都合が良いわけです。これに対し、二次電子は下の方のウィーンフィルタ
で偏向を受けて検出器に入ります。上の方にあるウィーンフィルタとは無関係になります。
二つ目は、90°偏向ではなく、電場・磁場を少しでも弱くするために30°から45°程度の
少ない偏向角が用いられるようになりました。三つの工夫目は、ウィーンフィルタを図7(b)
に示しますような多極子型にして収差の発生を少なくしたことです。こうした対策がリター
ディング型のスルーザレンズ検出器用のビームセパレータに取られていったわけです。
これとは別に、インレンズ検出器と言う方式も登場してきました。
インレンズ検出器は対物レンズの最上部に設置されます。二次電子は図6に示しましたように、
一次ビームより必ず加速電圧が低いので、対物レンズの中ほどで収束し、対物レンズのてっぺん
に設置された検出器上に拡がって当たります。検出器は一次ビームを通すために穴が必要ですが、
大部分の二次電子は検出器位置で拡がっていますから、穴をすり抜けてさらに上まで上がる二次
電子は少ないと考えられます。対物レンズの電場と磁場のかかり具合の調節によって、インレン
ズ検出器で検出される二次電子と試料と対物レンズの間に置かれるET検出器によって作られる像
に違いを持たせることも行われています。ここでは単純に試料に電場が掛るタイプとかからない
タイプに分けて議論しましたが、ET検出器とインレンズ検出器に二次電子を適切に配分させるた
めに電場の洩らし方を調節することも行われている気配があります。
コンタクト・質問は、こちらまで♪EOS津野"tsuno6@hotmail.com"
作成日 2014/01/02 修正2017_05_21
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