1. 電子銃とレンズの関係
図1にはTEMやSEMで使われてきた代表的な陰極材料とその先端形状を示しています。TEMでは明るさ
即ち輝度が求められます。輝度は単位面積当たりの電流量で決まりますから陰極の先端径が小さい
ほど高くなります。また、SEMでは試料を照射する時のプローブの大きさが小さいほど分解能
が高くなりますので、やはり陰極先端は細い方が有利です。SEMで、タングステン熱陰極が使われて
いた時代、あるいはLaB6陰極が使われていた時代にあっては、その陰極のイメージをレンズによっ
て縮小して小さいプローブを作る必要がありました。その当時SEMにはコンデンサレンズが二段と
対物レンズと言う3段構成のレンズ系が一般的でした。第一コンデンサレンズと対物レンズの二つ
がこのプローブの縮小を担っていました。対物レンズがTEMでは拡大、SEMでは縮小に使われると
言う違いがあるだけで、基本的には同じ使われ方をしていたと言うことが出来ます。
TEMでは高い倍率を得るために対物レンズを
使います。これは陰極材料を何にするかとは直接は関係しません。陰極材料は主として明るさに
関係したわけです。ところが、SEMでは陰極のクロスオーバーを縮小してプローブとしています
ので、陰極のサイズが直接的にSEMの性能に関係したわけです。
そこで、陰極がフィールドエミッション型になると事情が違ってきました。図1のショットキー
電子銃とトンネル放射電子銃と書いた陰極がいずれもフィールドエミッション型の電子銃の陰極
です。これらはタングステンヘアピン陰極や、LaB6陰極に比べてはるかに小さい陰極先端形状
を持っています。
図2にはこれらのフィールドエミッションタイプの陰極からでた電子ビームの軌道を描いています。
第一陽極に衝突して消滅する電子とその穴を通り抜けて比較的角度の小さいビームだけがさらに
第二陽極の穴を通り抜けてコンデンサレンズに向かって出ていきます。第一陽極と書かれた電極は
引き出し電極とも呼ばれ、5kV程度の電圧を与えられており、陰極から放出された電子をまず加速
します。第二陽極と書かれた電極でさらにその電子顕微鏡の加速電圧まで加速されます。200kV
以上の加速電圧を持つ電子顕微鏡ではこれら第一と第二の陽極の間に加速電極が多数配置されて
います。図2ではSEMの場合で、加速電圧はせいぜい30kVですから一段加速します。フィールド
エミッション電子銃では、この図に示しましたように、バトラー型と呼ばれる曲面形状をした
電極対が用いられています。バトラーが計算したこの曲面電極では電極の穴によるレンズ作用が
余り強くならないように工夫されています。
図3は、図2の陰極付近を拡大して示したものですが、ここに見られるよう
に、陰極表面の各点から電子が放出されますが、その時電子は陰極表面に対して垂直方向だけに
出るわけではなく、色々な角度を持って放出されます。しかしながら、陰極からでた電子は陽極
との間の強い電場によって引っ張られ、表面に垂直な方向にそろうように放出されます。こうし
て放出された電子を表面より奥の方に外挿してみますと、陰極の半球の中心付近で一つのまとま
りを形成します。これは回折像に相当するもので虚光源と呼ばれています。この虚光源と陰極表
面の間に虚像面も実はできています。つまり、遠くからこの電子の流れを見ると、虚光源と虚像
から電子が出ているように見えるのです。
SEMでビームを照射する時には、この虚光源を縮小して試料面に当てることが行われています。
虚光源の大きさは陰極表面のおよそ1/10程度であることが図から見てとれます。図1から、ショッ
トキーFEGの場合は400nm, 冷陰極FEGの場合には100nmの陰極直径ですから、虚光源の大きさは
40nmから10nmであることが分かります。SEMのプローブサイズは最も高性能のSEMで2nm位ですから
虚光源の縮小率はせいぜい1/10位で良いと言うことが分かります。TEMのレンズが100倍から100万
倍と大きく拡大をし、対物レンズだけでも50倍から100倍くらいの拡大をしていることと比べて、
SEMではせいぜい1/10の縮小で良いという大きな違いがあることが分かります。これが、フィール
ドエミッション電子銃がもたらしたSEMのレンズの役割をTEMとは別のものにした大きな理由です。
2. 検出器と対物レンズの関係
もう一つ重要な点は、SEMにとっては検出器との関係を抜きにしてレンズを語ることは出来ない
と言う点です。TEMの場合は、検出器はレンズ設計とはほとんど関係して来ません。どうして
SEMのレンズ設計が検出器と関係しているかと言いますと、まず最初はSEMでは磁場フリーレンズ
を使わなければならないと言う制約が長くあったことです。これは、SEMで一般に使われていた
エバハート・ソーンリー検出器(ET)が図4に示しましたように、試料と対物レンズの
横の位置に置かれていたことによります。もともとTEMでも最初試料はレンズの場の外にあった
のですが、光のレンズでも液浸レンズと言うのが高倍率のレンズで使われていましたように、
試料を場の中に入れた方がレンズの性能が上がるわけです。そこで、TEMでは磁場レンズの磁場
の中に試料を入れることが行われたわけです。電場レンズではこれが出来なかったため、電場
レンズを使った電子顕微鏡は磁場レンズを使った電子顕微鏡に性能面で追いつかず、電場レンズ
を選択した電子顕微鏡メーカーは市場から撤退せざるを得なかったのではないかと想像されます。
ところが、検出器のせいで、SEMでは磁場浸潤レンズを使うことが出来なかったのです。なぜなら、
試料が磁場の中にあると、図5に示しましたようにエネルギーの弱い二次電子はその磁場に絡み
ついて螺旋運動をしながら対物レンズの中に吸い込まれてしまうらです。ET検出器は対物レンズの
横に置かれていますので、二次電子はここへは全く来なくなってしまいます。 BR>
3. 磁場浸潤型レンズとスルーザレンズ検出器
所が、二つの理由でSEMでも磁場浸潤レンズが実用化されて来ました。一つはTEM装置にSEM機能
を付けると言うTEM-Scanと言う装置が作られたことです。これはTEM装置にビームスキャンの機
能を付けてSEM像の観察を行ったものでした。この時、検出器は、理由は単に場所がそこしか空
いていなかったというものだったのではないかと推定されますが、対物レンズの上に置かれまし
た。このTEM-Scanで撮ったSEM像は驚いたことに普通のSEMに比べて分解能が高かったわけです。
図6は、1970年に当時日本電子にいた小池が初めて行ったTEMscan装置の概要です。
もう一つは、低加速電圧SEMの必要からです。SEMの加速電圧を下げて行くと入射電流に
対して反射電子や二次電子として試料から出て行く電子の数がつりあう加速電圧が二か所
出てくることが分かっていました。このうちの高い方の加速電圧が1~2kV程度でした。そこ
で低加速SEMによって絶縁体や半導体の観察が行われるようになりましたが、低加速電圧で
は従来からのレンズでは空間分解能が不足して高い解像度の写真を取ることが出来ません
でした。そこでTEM-Scanの経験から磁場中に試料を入れて観察する必要性が高まったわけ
です。この時こそが、SEMにおけるレンズ設計の黄金時代とでもいいましょうか。レンズに
色々な工夫が凝らされ、次々と新しいレンズが提案されました。まさに、TEMで言えば、振
動対策などの機械的要因による分解能の影響が克服され、コンピューターシミュレーション
によるレンズ設計の方法が確立され、TEMの分解能がコンピューター計算によって飛躍的に
上がっていった80年代に比較できるSEMレンズ設計の時代が90年代に起こったわけです。
大きな試料に磁場が掛るようにしたレンズは図7~9の3通りがあると考えられます。しかし、
日立はシュノーケルレンズの応用と言い、ヨーロッパの人達はMulveyの単磁極レンズの応
用と言い、誰もTangのサイドギャップレンズレンズの応用と言う人はいませんでした。
磁場浸潤レンズ開発の最初のころは、シュノーケルや単磁極Mylveyレンズ
のように片側のポールピースがない型のレンズが多く用いられたせいであると思われます。
しかし、片側ポールピーのないレンズ系ではフォーカスに必要なアンペアターンが低加
速電圧にも拘わらず大きかったこと、不必要に漏れ出す磁場の始末に困ることなどから
特に商用機では次第にTangのサイドギャップレンズの形に収束して行きました。Tangの論
文はようやく最近になって引用されるようになってきましたが、それにしてもSEMではなく
他の装置で試料に磁場をかける必要がある場合に限られているようです。
ここで問題となったのが、二次電子が対物レンズの磁場に巻きついて対物レンズの内部に
吸い込まれてしまう現象です。このため、検出器は対物レンズの下ではなくTEMscanのよう
に上に置かれることになりました。そしてこれはスルーザレンズ方式と呼ばれ、従来から
のET検出器と区別されるようになりました。
スルーザレンズ検出器は、TEMの対物
レンズでは、コイルが試料より下に配置されているため、試料と対物レンズの外まで
の距離が短く、中心の穴も広がった形状をしていたため、対物レンズの磁場によって巻き
上がった二次電子を横から入れたET検出器で検出できました。しかし
、SEM専用機では対物レンズのコイルが試料より上に置かれているのが一般的で、二次電子
は対物レンズの中のコイルスペースの無磁場空間の中で広がってしまいます。この二次電
子の発散を防ぐための工夫は、図10に示すように、穴の中に電場レンズやソレノイドコイルな
どで電場または磁場を作り、二次電子を対物レンズの上部まで誘導することでした。
図5に示したような、磁場に巻きついてらせん運動をしながら巻き上がっていく
二次電子を対物レンズの上まで導く方法の例は、図10に示しています。弱い磁場でも
ゆっくり螺旋運動をしながら上がっていきます。レンズの先端近くの穴が細くなった領域では
電極を置いて電場の力でも引き上げています。
こうして対物レンズの上まで達した二次電子に対して、対物レンズの上にET検出器を置き、
電場を横からかけて二次電子を収集した場合、新たな問題が生じました。それは光軸の問題
でした。横から電場を加えることによって、一次電子が偏向作用を受けることはET
検出器の位置にかかわらず同じですが、検出器を対物レンズの上に置いた場合には対物レンズ
に入る一次電子の光軸が影響を受けることになります。対物レンズの下に検出器を
置いた場合でも光軸は実は出れていたのですが、像を作るうえでは気がつきませんでした。
ビームが少しシフトしても得られた像が少しだけだったからです。しかし、対物レンズに入る
前のビームがシフトしてしまうと、光軸が狂い、電子顕微鏡の性能が影響を受けることになります。
この影響を防ぐために考案されたのが、ウィーンフィルタを用いたビームセパレータでし
た。図11に示したのは対物レンズの上に設置されたウィーンフィルタビームセパレータで
す。このウィーンフィルタを上から見た図を図12に示します。右横にあるのが検出器です。
一次ビームは上から下に、二次電子が下から上に向かって走っています。ウィーンフィ
ルタは直交する電場と磁場をビームの進行方向に対して垂直にかけます。この時、電場と
磁場の強さがウィーン条件と呼ばれている次の関係式E = v Bを満たすとビームは直進し、
この式が満たされない場合にビームは偏向します。フィルタの電場と磁場の関係を一次ビ
ームが直進するような関係に保っておきます。一次ビームに対して二次ビームは速度vの符
号が逆になりますので、ウィーン条件はいつも満足されないことになり、ビームは偏向を受
けます。この偏向量が丁度90°になるように電場と磁場の強さを設定します。こうすると、
図11に示されたように、一次ビームは直進し、二次ビームは90°曲がって検出器の方向に向
かいます。
図11に示したビームセパレータでは、電極を二つに分割することによって、90°偏向した
二次電子が電極にぶつからずに検出器に達するように設計されていましたが、これでは検
出器に二次電子を集めるためにに検出器にかけられている電場が光軸に影響するのを完全
に防ぐことは出来ません。図13は右側の電極をメッシュ構造にすることによって偏向した
二次電子の通り抜けを可能にするとともに、検出器からの電場の光軸上への侵入も防ぐこ
とのできる構造となっており、日立の汎用SEMではこのようなビームセパレータが商品化
されています。
このように、SEMにおける磁場浸潤型レンズの開発には二次電子の検出方法をどうするのかという
問題の解決なしには出来ませんでした。試料にかかる強い磁場で巻きあがる二次電子を対物レンズの
上まで持っていく機能を同時に開発しない限りレンズを作ったことにはならないのです。
次は低加速電圧SEMのためのリターディングレンズについて見ていきましょう。
コンタクト・質問は、こちらまで♪EOS津野"tsuno6@hotmail.com"
著者のページ
作成日 2014/01/01
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図1. 表的な電子顕微鏡の陰極。 |
図2.フィールドエミッション電子銃の陰極先端からの電子軌道。 |
図3. フィールドエミッション電子銃の陰極先端からの電子軌道の陰極先端付近拡大図。 |
図4. コンベンショナル対物レンズとエバハート・ソーンリー検出器の関係。 |
図5. 試料に磁場のかかるレンズを用いた場合の二次電子の軌道。 |
図6. TEM-Scan装置。 |
図7. シュノーケルレンズ。 |
図8. 単磁極レンズ。 |
図9. サイドギャップレンズ。 |
図10. サイドギャップレンズ。 |
図11. ウィーンフィルタビームセパレータ。 |
図12. ビームセパレータを上から眺めた図。 |
図13. 検出器側の電極をメッシュ構造にすることで、ET連取付きからの電場が光軸に影響すること
を防いだウィーンフィルタ型ビームセパレータ。 |
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