EOS津野
電子光学講座

コンタクト eostsuno@yahoo.co.jp
 

高性能の表面分析装置としてはおわんをひっくり返したような形の半球型のフィルタを いろいろ見かけたことがあるのではないかと思います。CDA127に対してSDA180と呼ばれていましたが、 最近はむしろHDA(Hemispherical Deflector Analyzer)と呼ばれているようです。この装置、古くから ありましたが、最近コンピューターシミュレーションで盛んに解析されるようになりました。 問題点は、もちろんフリンジ場の影響です。エネルギーフィルタ、アナライザーと呼ばれる電子光学 機器は、本質的に三次元の解析が必要ですから、二次元・軸対称な解析で済むレンズに比べて、その 取り組みが遅れました。わたしも、レンズの解析は35年前からはじめましたが、アナライザはその 10年後からでした。ここでは、3Dの解析を通じてSDA180あるいは HDAの電子軌道の解析を行った 例を文献の若干のご紹介と共に進めます。

> ラウンドレンズ収束静電プリズム・SDA180 (HDA)

左の図は、半球アナライザ(HDA)を3Dの有限要素法で電場分布の解析をするために作ったメッシュを 示しています。外側の半球は、内側の半球が良く見えるようにカットしてあります。また、 シミュレーションやノーハウとして大切なフリンジ処理の部分も除いて示してあります。

このような二個の半球を置いて、両者にプラスとマイナスの電圧をかけ、その間に電子ビームを 走らせる場合、それぞれの半球にはいったい、いくらの電圧をかければよいのかをまずは 見積もってみましょう。

まず回転半径です。これは両電極の間の空間の中心の半径(ここではR=46mm)です。

 R=2Uo / E1 

Uoは電子を通すときの加速電圧です。ここでは、Uo=1000Vとします。 半径Rの値は自分で決めますから、このR=46mmの値を使って、電場E1が求められます。

E1=2Uo/R=2*1000 / 0.092 = 21739 (V/m)

電場の単位はV/mですから、半径にはメートルを使います。次に電場の値がわかっても電圧を かけることが出来ませんから、この値を電圧に直します。

Vo = E1 * S = 21739 * 0.012 = 260.868 V

電圧に直すには、単に半球の間の距離を使えばよいのです。

この値を半分にして、内側にプラスのVin=130.434V, 外側にマイナスのVout=-130.434Vを かけても良いのですが、 もう少し高級な方法が提案されています。
 それは Design of electron energy analyzers for electron impact studies
Mevlut Dogan, Omer Sisea and Melike Ulua
Radiation Physics and Chemistry 76 (2007) 445-449


と言う論文に出ていますが、内側の電極の電圧Vinと外側のそれVoutを少しだけ変えてやります。 Vin= Vo (2R / Rin -1) = 1.1149Vo = 145.4209    
Vout = Vo (2R / Rout - 1) = 0.8969Vo = 116.9863
こうして電圧が決まりましたら、この電圧をかけて電場分布を計算してやり、電子を入れて見ます。 結果は左の図のようになり、めでたく一発で電子は反対側から出てきます。電子ビームが二つに 割れているのは、電子のエネルギーをかなり大きく変えてやり、分散の様子を示しています。 ところが、ここでの問題点は、電子がギャップの真ん中を通らずに、下側によっており、電子の一部は 内側電極にぶつかっていることです。

もちろん、二つの半球の間の空間を広げてやれば、電子はぶつからないで済みます。しかし、 このギャップ長を大きくすると、おわんのそこの部分から電場が大きくはみ出してきますから、 このフリンジ部分の電場を抑えてやる必要が生じます。ここでは、アース電位の穴の開いたふたを しています。このふたのことはシャント、ミラープレート、シールドなどいろいろな名前で 呼ばれています。

ところが、ギャップを広げ、このシャントを入れてもなお、二つの不都合が生じています。ひとつは、 依然として、電子ビームはギャップの中心を通ってはおらず、内側の電極に近いところを通っています。 二つ目は、フォーカスの位置です。入射ビームは、半球の底面でフォーカスするように前段のレンズによって 入射しています。半球フィルタによって、非点のない丸いビームが作られるはずなのですが、そのビーム がフォーカスする位置は、180°回転した位置、すなわち半球の反対側の底面になるはずなのですが、 図から見て取れるように、フォーカス位置は、それより下のミラープレートの底面付近にまで下がっています。

これらの二つの点は、問題と言えば問題ですが、気持ちが悪いだけで実用的にはたいしたことではないとも言えます。 電子がギャップの中心ではなく、下側を通っていることについては、ぶつからなければいいじゃないかと 言うことができます。フォーカス位置のずれは、スリットを入れる位置にも関係しますので、 重大問題ともいえますが、半球のすぐ下にラウンドレンズを入れて、ラウンドレンズでフォーカス位置を調節して、 スリット上でビームがもっとも細くなるように調節すればよいともいえます。実用的にはそれで間に合いますので、 ずっと、そんな状態で半球フィルタは使われてきたのではないかと推定されます。
実は、半球の底面に入れるミラープレートについては、昔からいろいろな研究が行われてきました。
Herzog corrector, Jost corrector, Tilted Input lens, End-field terminators, Positive bias paracentric entry, Negative bias paracentric entry
などと言う方法があり、次の文献にその詳細な比較がなされています。
Comparison of fringing field correction schemes for the 180 hemispherical deflector analyzer
Omer Sisea, , , Theo J.M. Zourosb, c, Melike Ulua and Mevlut Dogana
Physics Procedia, Volume 1, Issue 1, August 2008, Pages 473-477
Proceedings of the Seventh International Conference on Charged Particle Optics (CPO-7)

Physics Procediaと言うのは国際会議などのプロシーディングスで、デジタルで出版されるもので、 誰でも無料で本分にアクセスできます。Science Directは大きな研究機関でもないと、契約していないため、 アブストラクトくらいしか見れないのですが、この雑誌は本文にもアクセスできる無料のものです。

この論文に、フリンジのところで乱されていない理想的な電場分布の場合と共に、半球の底面部に いろいろなアパチャーと言いますか、補正子をつけた場合の比較の図が掲載されています。Herzog と言う名前は、質量分析装置の設計などでよく聞いた名前で、フリンジ場の調整の時には必ず出て くる名前です。ただ、1935年の文献ですから、もちろんシミュレーションではなく、経験に頼って いた時代のことです。Jostの文献は、

Novel design of a 'Spherical' electron spectrometer
K Jost
J. Phys. E: Sci. Instrum. 12 (1979) 1006-1012. に掲載されています。ここでは、抵抗のネットワークを使った、アナログコンピューターのような ものでシミュレーションが行われています。似たような例で最近まで使われていたものに、真空 のシミュレーションで使われた抵抗回路網が思い浮かびます。

HerzogにしてもJostにしても、半球の底面の電場が漏れ出すところを、電子を入射させるための 穴を除いてふさいでしまおうと言う発想で作られたアース電位の蓋のような物と考えれば 良いと思います。このような蓋をすると、上のほうの図に示したように、電子が収束する位置が 180°回転する前の半球の中になってしまいます。

これを防ぐための工夫として、また、電子の軌道が内側の半球すれすれになってしまう問題を 解決するためにも考え出された方法が、ビームを傾斜させて入力させるTilted Input Lens と言う方法です。傾斜ではなく、平行移動でも効果があるように思います。それは Positive Bias あるいはNegative Bias Paracentric Entryと言う名前が付いています。

End Field Terminatorsと言うのは、半球の底面に何本もの格子をはめ込む方法ですが、この 例題は、CPOと言うBEM(Boundary Element Method)ソフトウェアによる電子光学系計算の例題としてそのソフトウェア発売元のトップ ページを飾っていますので、ご覧になってみるのもよいかもしれません。
左の図は、私が考えたシャントと言いますか、フリンジ対策のアース電位電極をつけた場合 です。その具体的形はここには明示しませんが、図からごらんになれるように、ビームは ほぼギャップの中心を進んでいますし、フォーカスもほぼ180°ビームが回転して反対側の 半球端面に戻ってきたところで生じています。

半球の底面に設置する電極を置かなかった場合、フリンジ場による強いレンズ作用がなく、 高いエネルギー分解能が得られると言うのは、先ほどと同じPhysics Procediaのなかで、

Omer Sise et al. "First-order focusing and energy resolution ...", Physics Procedsia 1 (2008) 467-472.

と言う人たちが述べられています。ただ、この論文では、ビームの入射位置をずらす方法に ついて検討がされています。私が参考にしたのは、余計な電極を置かなければ余計な作用が ないという点でした。 しかし、電場が外に広く漏れ出すことは好ましくありませんから、何らかの方法でこの漏れは きりっと纏め上げなければ成りません。必要なことは、フリンジ部で余計なレンズ作用を 作らないと言うことであるわけです。 それではどんな形が良いかと言いますと、レンズ作用はあまりなく、電場の漏れは少なくなる アース電極の形状と言うことになります。
左に示した二枚の図は、上の図に示した半球フィルタの底面にフォーカスし、1mradの開き角で アナライザに入射したビームの出口でのビームの形(左側)とこれにさらに1eVエネルギーロス した4999eVのビームも加えた場合のビームの形を出口で示したものです。エネルギー分散が はっきりと見て取れます。収差によるビームのゆがみもそれほど大きくはありません。

上の図で、半球フィルタが底面を上にして描かれている理由は実は、ビームのアウトプットの 方向をプラスのZ方向にする必要があったためでした。ここで使用したAMAZEと言うソフトの中の OMNITRACKという軌道計算ソフトではZのプラスの方向では、Zの位置を変えたいろいろの場所 でのビームの形を出力できるからでした。いずれにしろ、このようなシミュレーションによって、 HDAアナライザについてフリンジ場の影響による軌道の乱れの計算ばかりでなく、エネルギー 分解能の計算に必要となるビームの収差による歪みや、エネルギー分散の大きさなども計算でき、 Z位置をいろいろ変えたビーム形状を出力すれば、正確なフォーカス位置も決めることが出来ます。 作成日 2018/05/19 2019/02/09, 2019/05/09

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半球間のギャップ
図1. 半球間のギャップを広げた場合。
5kVの1μmビーム
図2. 5kVの1μmビームの出口での像。
 1eVのエネルギーロスビームの分散
図3. 1eVのエネルギーロスビームの分散
HDAの軌道

図4. HDAの電子軌道
文献 {1} 日立評論、Vol.94 No.02 168?169 測る―社会・産業分野に貢献する計測技術 土井 秀明  江角 真  佐藤 貢 二村 和孝  高口 雅成  品田 博之 {2} High Resolution CD-SEM System Yoichi Ose, Makoto Ezumi and Hideo Todokoro  Hitachi, Ltd., depend-wd-of-2ndele-gemini目次 SEM(走査型電子顕微鏡)
1.SEM開発の歴史及び検出器
2.SEM用対物レンズ
3.SEM二次電子の発生
4.SEMの_ET検出器
5.低加速SEMのためのリターディング
6.電子銃や検出器とレンズの関係>
7.
永久磁石を使ったSEM
*************************
目次(全体)EOS津野の電子光学
1.最初のページ
2.レンズ設計
3.偏向と非点補正
4.走査電子顕微鏡SEM
5.光電子顕微鏡PEEM
6.エネルギー・アナライザ
7.Wien Filter
8.収差補正
9. スピン回転器
10.著者のページ