EOS津野
電子光学講座

コンタクト eostsuno@yahoo.co.jp
 
北大触媒研の朝倉研究室 菅製作所が納入したPEEMについてお話しします。光学設計は 北海光電子の武藤さん の紹介により、私が行いました。 PEEMの試料として、トリチウムと言う仕事関数が通常試料のおよそ10倍と言う 大きな値を持つ試料を測定しようとしたとき、対物レンズで像をフォーカス 出来ないと言う問題が起こりました。ここでは、その原因の調査と対策 についてお話しします。通常試料を使った場合、電場と磁 場か゛対物レンズの同じ位置に同時にかかっているタイプの対物レンズでは、電場に よる電子の加速が終了しないうちに一度磁場によるフォーカスが起こり、対物レンズを 出た所で、ここでは所定の加速電圧に達しているわけですが、2度目のフォーカスが 起こっていたことが確認されました。、トリチウム試料の場合は、仕事関数 が大きいため、一度目のフォーカスに対物レンズのアンペアターンの多くを 費やしてしまい、二度目のフォーカスを行うだけのアンペアターンがもはや残って いないことがフォーカスできない原因である ことが確かめられました。このように、加速とフォーカスの両方を行わせている PEEMにおいては、不必要な二回フォーカスを行わせないようにするため、最初に 加速だけを行わせ、所定の加速電圧に到達してからフォーカス用の磁場を加える という、E+Bカスケード方式の対物レンズにすべきであることが確かめられました。 ここでは、その事情について述べていきます。一つのレンズによって二回の フォーカスを行うということは、収差を大きくするだけで、何のメリットもありま せんので、PEEM用の対物レンズは、EとBを分離して加速電圧を所定の電圧にまで 高めたうえでその後に磁場をかける方式でなければならないという ことがトリチウム試料がフォーカス出来ないということを通じて明らかとなった わけです。

1 電場と磁場が同じ位置にかかる対物レンズ

北大・触媒研究所の朝倉研究室には、試料アース型PEEM装置が菅製作所より納入 されています。普通の電子顕微鏡では、電子銃で真空中を走る電子が作られ、 これが試料を透過したり反射したりしてその強さが場所によって違ってくることで 像を作りますが、PEEMでは、電子銃がなく、電子は光を当てることによって光電効果 で試料から出てくる光電子で像を作って います。そこで、普通の電子顕微鏡と同じような構成にしようとすると、 試料をマイナスの高電圧上に置き、レンズ系をアース電位上に置くという装置構成 がとられます。これですと、試料が高弾圧上に置かれることになりますから、試料 ハンドリングに不便があります。そこで、朝倉研究室からは、試料 アースと言う装置構成が要求されたわけです。

1.1. 試料アース型型PEEM

図2にはPEEMの原理図を示します。外部から光を試料に照射し、試料から出た光電子 を加速、フォーカスします。ここで、試料は一般の電子顕微鏡では電子銃に相当する 部分なので、負の高電圧上に置かれますと、装置全体の構成が簡単になりますが、試料 のハンドリングに支障の出る場合があります。この装置では、試料が重要な役割を 負っていることからその操作に十分な自由度を持たせるために、特別に試料をアース 電位に置き、鏡筒系を高電圧上に置く、試料アース型の装置の構成をとっています。 普通の電子顕微鏡はすべて、電子銃を負の高電圧上に置いていますが、かつて一時期、 電子銃をアース電位に置き、レンズ系を高電位上に置いた電子顕微鏡も作られたことが ありました。これは、ウィーンの博物館に実物が展示されています。像を観察する部屋は、 鳥かごのような網の中にあったように記憶しています。普通の電子顕微鏡の場合、電子 銃と試料は別のものなので、電子銃を負の高電圧上においても試料の操作に何ら影響は ないのですが、PEEMでは電子銃と試料が一緒になっていますから、試料をアース電位上 に置くためには、鏡筒全体を正の高電圧上に置かなければなりません。



しかしながら、試料が高電圧上に置かれているということは、試料に対して色々 な処理を施したい場合には、不便なことになります。そこで、ここでは逆に 試料をアース電位上に置き、レンズ系をプラスの高電圧上に置くという特殊な構成 を取っています。しかしながら、レンズ系をすべて高電圧上に置くということは、 大変面倒なことを装置に強いることになります。例えば、磁場レンズは普通、 コイルに冷却水を流しますが、冷却水を高電圧上に置こうとすると、普通の水道の 配管から、独立した冷却水系を作り、その全体を高電圧上に乗せなければなりません。 これを避けるためには、電子レンズの磁気回路を分断し、コイルとそれが巻かれる ヨークや街灯などを電子ビームの通路となるポールあるいは、その内側に配置する パイプの電圧とは切り離してアース電位上に置くという構成が必要となります。 このように、試料アース型PEEMは装置構成が大変複雑になり、特殊な顕微鏡の ように思われますが、その複雑さのほとんどは装置作りの上での困難さであって、 その物理的内容は、試料高電圧装置の場合と変わりません。単に、電圧値を一定 値だけずらすだけで、電子光学的には試料アース電位の装置も試料高電圧の装置 も同じになりますので、以下ではこの試料が置かれる電位については注目せずに 読み進んでいただきたいと思います。

2 全体軌道

装置全体の構成は図1及び図2に示すとおりです。 図2の一番下に記入しましたように、対物レンズ系、エネルギーフィルタ系、及び 像拡大及び記録系の3つに分けて考えることが出来ます。次に、それぞれについて 考えていきますが、このレポートでは3番目の像拡大系については別に項を改めて 取り組むことにします。

2.1. 試料アース電位と高電圧上対物レンズ

図3には朝倉研の対物レンズを示しますが、このレンズでは外側磁極の穴径が大きく なっていますので、磁場分布が広がりを持ち、試料にも磁場がかかるため、試料上に 電場と磁場が重畳し、しかも、試料がアース電位に置かれているため、光電子を加速 するためには、少なくとも電子ビームの通路は、高電圧中に置く構造が必要です。この 場合、主コイルは水冷も必要となるため、コイルは冷却水を流せるようにアース電位に 置かれる構造となっています。その他、対物レンズ内には、偏向コイルと非点補正コイル が合計3個入りますので、これらもアース電位に置かれたパイプの中に格納できるよう、 アース電位のパイプを高電圧パイプの外側に通しています。そのため、ヨークは何か所 かで分断されていますが、分断個所から漏れ出る磁場が光軸上に出てこないような位置 にヨークの分断個所が配置されています。つまり、このレンズは試料アースと言う条件 の下で、レンズに供給する電源と水源をアース電位上に置くことが出来るように配慮 され、しかもそのために分断されたヨークから漏れ出た磁場が光軸上で電子ビームに 影響を及ぼさないように配慮された対物レンズです。但し、その配慮以外の部分では 高電圧がむき出しになっている個所もあり、取り扱いには十分な配慮が必要で、その 配慮なく触れたりしますと感電の恐れがあります。このような試料に対しての十分 な配慮はそれ以外の部分に大きな負担をかけますが、試料に対して取り扱いを容易 にしておくことが、現在取り付けられているトリチウム試料に対しては必要だった のかと、今更ながら納得した次第です。

現在、朝倉研にはこのレンズが装着されています。しかし、そのまま ではトリチウム試料の仕事関数が通常より一桁大きいため、電場と磁場が同じ位置 にかかります。そうすると、まだ加速電圧が低いうちに一度フォーカスしますが、 そのために使用される磁場のアンペアターンが大きくなり、2回目のフォーカスを させる余力が残らず、結果的に二度目のフォーカスできないままのビームが対物 レンズから出てくることになります。この状態でも、次のトランスファーレンズ でフォーカスを行えば何とか像を確認できますが、対物レンズ系で2回のフォーカス と、しかも対物レンズとしては性能の良くないトランスファーレンズを利用すると いう使い方になります。

2.2. (E+B)カスケード型対物レンズ

以下では、対物レンズのポールピース穴径を小さくすることによって、現在の (E,B)同時印加型から、ポールピースの穴径を細くすることで(E+B)カスケード型に 変更した場合についてシミュレーションを行っていくことにします。

図3に実際の形状を示した対物レンズでは光電子を10kVにまで加速するするに際して 起こった現象とその対策について初めに述べたように電場と磁場をカスケード型に 並べることによって解決することが出来ました。図3に示しましたように、レンズの 各磁極の穴径を小さくして、磁場がレンズの外に漏れださないようにすれば、電場 と磁場はこの順に並び、電子ビームは加速電圧が高くなってから初めて磁場に さらされるために、加速電圧が低いうちにフォーカスしてしまうことは起こ りません。 作成日 2012/09/25 修正 2014/09/14, 2018/06/11 .

図1.朝倉PEEMの構成。

図2.朝倉PEEMの全体図。

図3.朝倉PEEMの対物レンズ。
.

目次(全体)

1.最初のページ
2.レンズ設計
3.偏向と非点補正
4.光電子顕微鏡PEEM
5.エネルギー・アナライザ
6.Wien Filter
7.収差補正
8. スピン回転器
9.著者のページ




目次(光電子顕微鏡PEEM)
光電子顕微鏡PEEM
myPEEMの設計とその特徴
光電子分光
光電子分光・temp
ImagingXPS1
ImagingXPS2
ImagingXPS3
MaggneticBottle1