EOS津野
電子光学講座

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ウィーンフィルタは、最も早く19世紀の終わり近くに発明され、しかもビームが直進す るという特徴を持つ素晴らしいエネルギーフィルタでしたが、実際にはビームがなか 中見つからないという奇妙な特徴を持っていました。このため、その長い歴史の中で いろいろなタイプのフィルタが試みられてきました。しかしながら、ビームがでて こない原因が長い間わからず、補助的な用途にしか使われてきませんでした。1960 年代に Boerschらによって、はじめて高分解能用に使用され、ミリボルトレベルの 性能が発揮できるフィルタ としてよみがえったのですが、なぜその装置がそれだ けの性能を発揮出来たのか理解できず、ここで、Wienによって発明された 高性能フィルタとしてよみがえったのですが、多くの 人にとって、作ってもビーム が出てこない奇妙な装置であることに変わりはありませんでした。 3Dのコンピューター 電場・磁場計算とその中での電子の運動のシミュレーションが自由にできる ように なって初めて、の奇妙な振る舞いが、フリンジ場でのビーム直進条件の はずれに あることが理解され、電極と磁極を同一形状の多極子で構成し、電圧と電流の与え方 によって電場と磁場を直交させる、多極子フィルタによって、全方向に同一分布の フリンジ場を発生し、ビームの偏向を一様場に入る以前に修正出来るようになり、 一様場領域ではウィーン 条件によって直線の光軸を 持って走らせる多極子Wienフィルタが完成しました。しかし ながら、このフィルタ では、細いバルク材料のバーマロイなどの磁気特性が熱処理によって大きく変化 する材質で製作されるため、方向によるばらつきが大きく、その調整に 極の数だけ のコイル用電源を必要としました。また、わずかなバルク用バーマロイ材料を必要と するため、その入手にも困難があり、それらを解決する方法として、また、磁極付き の 磁場発生機では、それと直交方向の電場の均一性が確保しにくいこともあり、磁場 を電磁石 ではなく、空芯コイルで作るウィーンフィルタが種々開発されました。ここ では、多極子Wienフィルタと言う前提は保持したまま、磁極を用いないコイルだけで 磁場を発生する磁場コイル 方式のウィーンフィルタによって、さらに高性能化を図る とともに、電源数の減少や、面倒な 磁性材料の確保のいらない多極子コイル方式に よるウィーンフィルタをご紹介します。

コイル使用のWienフィルタは北大・触媒研の朝倉先生によって指示された方式で 朝倉研究室に置いてあらかじめ決められていた形状に検討を加えて改良したものを 製作し、現在でも稼働中ですが、朝倉研究室からは、この改良版のウィーンフィルタ のすばらしさに関して対外発表がまだない現状です。電場や磁場によるビームの偏向 量を測定するフィルタの中では、Wienフィルタこそがそのビームの直線性のゆえに、 最も 理論と実験の一致も高く求めることが出来るはずのものであり、フリンジ ビーム問題が、多極子とコイル磁場によって解決しましたので、ウィーンフィルタ は、偏向量を測定するタイプのエネルギーフィルタとしては最も優れた フィルタ として今後発展できるものであります。

多極子空芯コイル付Wien Filter

図1に多極子(ここでは8極子)空芯コイルと、円弧状の8極子電極を使ったウィーンフィルタを示してあります。 図を見てすぐわかるようにこの種のウィーンフィルタの特徴は、右側の図にみられるように、電極が中心で 電極間距離が狭くなり、入り口と出口(左端と右端)で広くなる形をしていることです。このような形をした 電極構造をもつ、空芯コイル磁場生成型のウィーンフィルタはこれまでに二つ発表されています。一つは チェコのLencovaとVicek氏らによるもので、 2000年にEURENというヨーロッパ地区の顕微鏡学会で発表されました。もう一つは、北海道大学の成果報告 に論文の全文が乗っていますが、触媒研の 朝倉研究室 におられた新見さんの論文に載っています。

どちらも同じ図1のようなコイル及び電極で構成されていますが、違いは、Lencovaさんの方は、コイルの後ろに 鉄の円筒がついていること、こちらは8極子ですが、新見さんの方は、12極子を使っているという点ですす。 新見さんの方は、Lencovaさんより何年も後になってからの報告ですが、引用はされていないようです。 図2に示したのは、軸上電場と軸上磁場の分布を比較したものですが、図1に示したような長手方向に円弧を 描いた電極を使用せず、Z軸方向には同じ直径のままで進む電極を用いた場合について示しています。この図 からわかるように、一般に磁場をコイルで作ると、その分布が広がってしまいます。つまり、フリンジのところで 磁場は緩やかに減衰します。これに対して、電場は急速に落ち込みますので、電子ビームの入り口と出口で、 磁場だけにさらされてしまうことになります。そこで、空芯コイルの磁場分布と同じ分布を電場分布で 実現するために、このような円弧状の電極形状が考案されたわけです。

図3に磁場分布と、図1のような円弧状の電極を用いた場合の二つの電場分布が示してあります。円弧の半径を 60mmにした場合と、100mmにした場合が示してあります。何種類か曲率を変えて電場分布を計算しますと、この図の 左側に重ね合わせて示してありますように、磁場分布と一致する条件を容易に見つけだすことが出来ます。図の 場合では、R=60mmで分布はほぼ一致しています。上に示した二つの論文の著者らも発表しているいくつかの報告の 中でこの比較を行っていますが、いずれも場の分布が一致したことを述べています。

ところが、図4を見ていただくとわかりますが、場の分布が一致したように見えても、電子軌道は偏向を受けて しまっています。図4の場合には、2mm近くも軌道は曲がってしまっています。いったん軌道は曲がっても、中心 部でのウィーン条件を外してやれば、出口で軸に平行にビームを出すことは出来ます。ですから、問題なく 装置を使用できる場合がほとんどです。それに、他のエネルギーフィルタなどでは、このようなわずかな角度の 偏向ではなく、90°あるいはそれ以上の角度にビームを曲げてエネルギー分散を作っているのが普通ですから、 このようにわずかな曲りが起こったからと言って装置が使えなくなるわけではありません。

問題は、他のエネルギーフィルタなどから比べればまことに贅沢な話ともいえるかもしれませんが、理論との 比較にあります。Wien Filterは、光軸がまっすぐだということで、厳密な理論が作られています。収差を消す 条件などが良くわかっています。ただ、その理論が絶対的条件としているのが、ウィーン条件の全領域での 成立です。ウィーン条件が崩れてビームが曲がった場合の理論はないわけです。従って、収差を小さくしたりする ための操作などを試行錯誤で実験によって行うのでない限り、このように偏向を受けた装置については、他の ビームがまっすぐでない装置と同じように、手さぐりになるということです。

図1. Z軸方向に円弧形状の電極を用いた空芯コイル8極Wien Filter。コイルの外側と、 前後の円筒及び円盤は非磁性金属製。
図2. 8極子コイルと、金属8電極を用いた場合のZ軸上電場分布(左)と磁場分布(右)。磁場 分布の方が電場分布に比べてブロードな分布となる。

図3. 軸上磁場分布と電場分布の比較。場の分布を比較してこれを一致させることは容易。
図4. 電子の軌道。左:電場のポテンシャル分布の中での軌道。右:軌道の縦軸を拡大表示したもの。

目次(全体)

0.最初のページ
1.レンズの光学(FromTheGodHand)
2.透過電子顕微鏡(TEM)の電子レンズ
3.
走査電子顕微鏡(SEM)の電子レンズ
4.
光電子顕微鏡(PEEM)電子レンズ
5.偏向と非点補正
6.収差補正
7.エネルギー・アナライザ(文献)
8.エネルギー・アナライザ(製作済)
9.色々プロジェクト(スピン回転器)
10.ヨーロッパ(Czech)訪問
11.著者のページ
作成日 2012/03/21 修正2019/04/21


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