Lenses for TEM

EOS津野
電子光学講座
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ここでは、コンピューター・エイデット・デザインの時代1970年代から収差補正 成功の1990年代までの20年間の透過電子顕微鏡(TEM)の対物レンズ設計の発展を 振り返って見ます。その時代は丁度コンピューターの性能も飛躍的に発展した 時代でもありました。電子顕微鏡の分解能はまさに電子レンズの性能によって 決まる時代に入っており、それが限界に達したときに収差補正の成功が伝え られました。

透過電子顕微鏡(TEM)用レンズ

電子レンズの設計は1970年代にイギリスはケンブリッジの当時学生だったMunroさん の作成した有限要素法のレンズ磁場・電場計算、電子軌道と収差の計算プログラム の開発によって幕を開けました。それまでは、レンズ設計の神様といわれた人に しかレンズのことはわからない時代が続いてていました。実際の電子顕微鏡の 性能は、レンズというよりも装置の安定性や、振動、電源安定度などで決まって いました。ちょうど、それらの外的要因がほとんど解決し、レンズの性能さえ 上がれば電子顕微鏡の性能が上がるという時代が1970年代の終わりにやって きました。このころ、コンピューターの性能も一年ごとにどんどん上がっており、 次々と高性能のレンズが開発されました。

1984年にはチェコはブルノーのLencovaさんも同じ有限要素法によるレンズ解析 ソフトウェアを開発しました。このソフトの素晴らしい点は、ICCG法という手法 が採用され、ゼロが大部分で対角線上の少ない量にだけデーターが入っている という巨大なマトリックスの計算が簡素化され、およそ100倍の能力が発揮 されるようになりました。1980年代は、コンピューターというハードウェア の進歩と、ICCG法というソフトウェアの進歩によって、レンズ設計は、運動場 の様な広い部屋いっぱいに場所を占めて、専任のオペレーターが何人も管理 している大型計算機で、一日がかりで計算しなければならない巨大な計算から、 パーソナルコンピューターで数分で計算できてしまうものへと進化しました。 大型計算機からパーソナル計算機に移る途中の過渡期には、大型計算機で計算 した結果打ち出された数値データーを当時出始めたベーシックのパーソナル コンピューターで手入力し、グラフィック出力すると言う時代もありました。 次に大型コンピューターでもグラフ出力が出来るような時代がしばらく 続き、ようやく1980年代の終わりになってパーソナルコンピューターの時代 になったのです。

しかし、1980年代も後半になると、電子顕微鏡レンズの設計は限界の性能に近づき、電子顕微鏡は、 レンズの開発競争から、分析装置やモノクロメーターといった軸対称ではない3D で計算しなければシミュレーションできない系の開発に重点が移って行きました。 分解能では、古くからトレットナーのクライテリオン[W. Tretner, Optik 16 (1959)155]という分解能限界が知られていました。実際の分解能は100kVの電子 顕微鏡ではすでにこのトレットナーの限界にほとんど達しており、1000kVの場合 にまだ少し向上の余地がある程度でした。

1994年に衝撃的なニュースがもたらされました。それはドイツ、ハイデルベルグ のDr. Zach, HaiderによるSEMでの収差補正成功のニュースでした。次の年、 TEMでの成功も伝えられ、今まで誰も信じていなかった収差補正が現実のものと なりました。数年後の1987年、アメリカのKrivanekのSTEMでの成功も伝えられ ました。ただ、この時代にはSEMの場合は加速電圧が低いためCs, Cc両方の 補正ができましたが、加速電圧の高いTEM/STEMではCcの補正ができません でした。このため、収差補正の利用は主としてSTEMで行われるようになり、 誰もかれもがTEMではなくSTEMを使う時代が訪れました。

やがてアメリカの巨大収差補正装置プロジェクトであるTeamプロジェクトで Cc補正の成功も伝えられ、また、今まで電子顕微鏡の分解能が高い加速電圧 によっても支えられていたものが、電子線による試料ダメージを低減するなど の点からも低加速電圧に興味が移り、60kV, 30kVなどのTEMで、Cs, Cc同時補正 が試みられていましたしたが、モノクロメータによって入射ビームのエネルギー 範囲を狭めることによって色収差を減らす方法も長く試みられ、その成功も伝え られています。

このような状況から、現在はTEM/STEMなどの対物レンズの設計それ自体に学界 や最先端の研究者の興味は向かなくなっていると思われます。このまま時間が 推移しますと、やがて、再び電子顕微鏡レンズの設計ができる人がいなくなって しまうという時代もまじかに迫っているいるのではないかと危惧されます。

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作成日 2011/09/04, 直し2014/09/15, 2018/12/18, 2021/07/02

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図1. Munroソフトウェアのための有限要素法メッシュの一例。
図2. 加速電圧別に示した電子顕微鏡分解能の時代による進歩。
図3. 加速電圧に対する分解能限界。分解能の限界はレンズ材料の飽和磁束密度によって決まる。