EOS津野

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偏向器と非点補正器はほとんどどの電子光学機器に組み込まれていますが、詳しい解析もされず、 見よう見まねで作られて来たのではないでしょうか。複雑な装置にしろ、単純なレンズ系だけの 装置にしろ、軸合わせをし、ビームを出すことが最初の大事な仕事になります。このとき光学系 の調整作業の大部分は偏向器の調整に費やされると言っても過言ではありません。それだけ装置 の成功の第一関門になる部品が軽視されてきたと言えそうです。もうひとつ、偏向系、非点補正 系の設計で大事なことはその製作コストです。メインの光学機器ではなく、補助的な役割を担っ ている部品だけにそのコストを忘れがちですが、とくに静電偏向器の場合には、電源の数が問題 になります。電源安定度に高い要求があるにもかかわらず、電源の数が意外に多いために、コス ト的にまかないきれなくなってしまっているケースに何度も出会いました。ここでは、そのこと も考えながらどんな偏向器と非点補正器があるかを見ていきます。

偏向器と非点補正器のいろいろ

          
電場偏向器
電極・
電源数
形状
.8極
8x2

電源数
8x2
.
12極子
12x2

電源数
4x2
20極子
20x2

電源数
4x2
    
電場非点補正子
電極・
電源数
形状
8極

電源
Defと
共用0
8極Crewe*2
電源数
8
    
磁場偏向子
電極・
電源数
形状
鞍型
2x2

電源数
2
トロイダル
電源数
2
     
磁場非点補正子
電極・
電源数
形状
45°
2x2
電源数
2
8極
金谷*1
電源数
2
2-coilx2
Riecke*3
電源数
2
*1: K. Kanaya, Reminiscences of the Developement of Electron Optics and Electron Microscope Instrumentation in Japan, Advances in Electronics and Electron Pgysics, Supplement 16, "The Beginning of Electron Microscopy, ed. by P. Hawkes, 1985"
*2: A. V. Crewe, High Intensity Electron Sources and Scanning Electron Microscopy, in Electron Microscopy in material science, ed. U. Valdre, Academic Press 1971.
*3: W. D. Riecke, Practical Lens Design, in Magnetic Electron Lenses, ed. PW Hawkes, Springer-Verlag, 1982.

静電偏向器と静電スティグメータ

第一章: 静電偏向器
.第一節: 4極子と一様電場生成条件
.第二節: 8子による一様場の生成
.第三節: 12極と20極偏向子

第二章: 静電非点補正器
.第四節: 8極スティグメータ

第一節: 4極子と一様電場生成の条件

静電偏向は一様電場を作ることに始まります。その一様電場をX(水平)方向とY(垂直)方向の二つの方向に 作り、その大きさを調整してベクトル和の方向にビームを傾斜させます。偏向器は通常二個ひと組で使用 され、Shift(移動)とTilt(傾斜)を別々にコントロールします。ここではまず一様場生成の方法について 述べたのち、ShiftとTiltの作り方について記します。 図1-1に4極子で電場を作る場合を示しています。今、簡単のために電極と電極の間のギャップ(δθ)はほとんど ない場合を示しています。このギャップは電極間での放電を防ぐためにある程度は開けなければなりま せんが、電場偏向器に与える電圧が数100V程度であれば1mmよりも小さいギャップで十分です。ギャッ プが大きい場合は電極の側面も中心付近の電場に影響を持つようになります。

さて、いま左右の電極に電圧-V1とV1を与え、上下の電極電圧はアース電位とします。このときに作ら れる電場のポテンシャルは図1-2の式のように与えられます。K0, K1, K2, ...などはポテンシャルを フーリエ展開した時の各周波数成分になっています。すなわち、K0は、定数項ですから加速電圧に 変化を与える成分となります。K1が今問題にしている一様場の成分でこれは角度θに比例します。 次のK2が4極子成分、すなわち非点の成分になります。

その下のK0, K1, K2...などが各成分の大きさを表します。ここで、図2の式には、電圧としてV, V2, Vxという3種類が使われていますが、図1-1との対応は
V1(図1) = Vx(図1-2), V1(図2)=0, V2(図1-2)=0  
で考えてください。今は一様場だけを考えていますが、図1-2の式は非点補正の4極場の場合のことも 考えて作られています。ここでは、図1-2の4極場の成分は0として話を進めます。

いま、図1-2のV1, V2はともに零ですから、K0とK2は自動的に零になります。そこで、K3が零になるよ うにθ0を選べばよいことになります。これはすぐわかるようにθ0=60°になります。図1-1はこの場合 すなわち2θ0=120°の広がりを持った電極が構成されおり、そのポテンシャルはほとんど平行な線 になっています。つまり大体一様場が形成されていることが分かります。 ここまでは簡単にわかるわけですが、問題はこれからです。電子ビームを偏向させるにはどの方向に も偏向できなければなりません。偏向器が左右だけの場合は、電子ビームは左右の方向にしか偏向さ れません。上下の方向にも偏向することができれば、左右の偏向量と、上下の偏向量の割合をいろい ろ変えれば、そのベクトル和の方向にビームは偏向します。しかし、電極が120°の広がりを持つ必 要があることから、X偏向器とY偏向器を同一面上に置くことができません。そこで、いろいろな工夫 がこれまでになされてきたわけで、上の表にあったいろいろな偏向器が提案されてきたわけ です。

ビームを平行移動させたり、光軸上でビームを傾斜させたりするためには、二段偏向といって、 偏向器を二個使う必要があります。X-偏向器とY-偏向器は別々に置かなければなりませんから、 二段偏向の配列は図1-3のようになってしまいます。二段偏向器の二段は離して置いた方が偏向感 度は高くなりますが、X1, Y1, X2, Y2と配置するのではなく、図1-3に示したようにX1, X2, Y1, Y2と配置しなければならない理由は、極と極のつなぎ目部分に生ずる4極場を少なくするため です。X1とY1を近づけて配置しますと、その境界には非点補正に使う4極場が発生してしまい ます。これを避けるために、X偏向器とY偏向器の間にはシールドを入れます。このように、Xと Yの偏向器を別々に置こうとすると図1-3二示したように偏向器全体が長くなって場所をとります。 それで、次に示しますようないろいろな工夫が施され、同じ面内にX,Y両偏向器が 置かれるようになったのです。

同じ面内にX偏向器とY偏向器を置くためのいろいろな工夫について示す前に、偏向器による ビームの平行移動Shiftと傾斜照明Tiltを見てみましょう。ShiftとTiltを二段の偏向器で行う 場合の軌道は図1-4に示してあります。ビームのシフトは偏向器1と偏向器2に同じ大きさで逆向 きの電場を与えれば実現します。一方、チルトは、偏向器2に与える電場の強さをこれより強 くすれば実現します。ビームを光軸まで戻すには、その位置が偏向器1と2の間の距離と同じだ け離れた位置でビームを光軸に戻す場合は二倍の大きさにすれば良いのです。
図1-1.静電4極子と各極の角度
図1-2. 多極子場の生成
図1-3. 4極静電偏向器
図1-4. 静電偏向器によるビームのシフトとチルト



第二節: 8極子による一様電場生成と8極静電偏向器

電子ビームの偏向は、エネルギーアナライザなどで使われる一様磁場による電子ビームの偏向と基本的には 同じです。つまり、ローレンツ方程式と、ニュートンの運動方程式によって記述されます。
(d/dt)mv = -e(E + v X B)
で表されるのです。エネルギーアナライザの場合と異なるのは、偏向器の場合はその厚さが短いため、円運 動というよりは、角度変化で記述した方が便利になるということです。この様子を図2-1に示してあります。R はおなじみのサイクロトロン半径で、
R = mvo / eB = root[(2m/e) Vr] / 8
となります。角度で表現し直しますと、
θ = L/R = LBe/mvo = LB* root(2m/e)Vr]
となります。ここで、Vrは電子ビームの加速電圧です。

偏向器には磁場型と静電型があります。どちらの偏向器を使うかは主に装置の真空度によります。 超高真空、極高真空装置では静電偏向器が一般的ですが、コイルを真空中に入れても構わない程度の真空 で使われる場合は磁場型が一般的です。装置で言うと、表面分析装置では静電型が一般的で、SEMやTEM などの電子顕微鏡では磁場型が一般的です。

図2-2には磁場型の代表的な二つの偏向器の模式図を示します。トロイダルコイルとサドルコイルです。図 2-3には、静電型の代表的な8極型偏向器を示します。 実は、本などの解説には指摘されていないことですが、磁場型と静電型の最も大きな違いは電源の数です。 静電型では電極に電圧を印加しますが、このときプラスの電極とマイナスの電極に与える電圧の絶対値が 同じにも拘わらず、プラス電極とマイナス電極のそれぞれに別の電源を使う必要があります。これに対し て、磁場型では、コイルを逆向きにつなげばよいので、二つの極に一個の電源で済みます。また磁場型は 、図2-2のサドル型からわかるように、XとYの両方向を同じ場所に重ねて設置できるのですが、電場を作る 電極は重ねておくことができないため、同じ位置にX偏向器とY偏向器を重ねて置こうとすると、図2-3に見 られるように電極の数を増やして対処せざるを得ず、結局、電源数増大の原因を作ってしまいます。

以下では、両方の偏向器を詳しく見ていきますが、どの方式では電源数が何個必要かに関心を持って 眺めていただければと思います。偏向器の電源は、直接に装置の安定度を支配し、これによって装置の 分解能が左右されてしまうことから、安定度の高いものが要求されるため、装置全体のコストに直接的に 影響します。偏向器は、多くの装置にとって脇役でありながら、コスト的には主役になってしまう 場合もあるのです。

8極子を使うと同一面内でXとY方向に一様な電場を作ることができます。しかし、8極のすべてに 電源が必要となり、二段偏向をするためにはその倍すなわち、16個の電源を必要とします。ただ、 救いはこの2個の8極子と16個の電源を用いれば、スティグメーター(非点補正子)も兼用するこ とができます。8極子は、もっとも一般的な静電偏向器と言えるでしょう。

図2-3に8極子を使った静電偏向器の3D図面を示します。また、図2-2には、XY面の断面図を各電極 に与える電圧と共に示しています。ここで、VxはX方向の電場を作るための電圧、VyはY方向の それを表します。今、X方向の電圧についてだけ見てみることにしましょう。左側が-Vx、右側 が+Vxになっていますが、ギャップも含めて考えると、それぞれ180°ずつを占めていますから、 前のページで調べた、一様場を得るための角度120°をはるかに超えています。しかし、上下の 電圧を見てみますと、+-Vxではなく、+-bVxと書かれています。この係数bを0から1までのいろ いろな値を入れて、電場分布を調べたグラフが裏先生の本「ナノ電子光学」(共立出版2005年) のp.146に出ています。それによると、b=root(2)-1=0.4142の時に電場が一様になることが示 されています。

同じ形の電極を8本並べた多極子で、X方向に一様な電場を作るときには、横方向の4本の電極に +-Vxを与えたとしたら、上下方向の4本の電極には+-0.41Vxの電場を与えれば良いということが わかりました。いま、図2-2で黒い字で示したX方向の場合について述べましたが、まったく同じ ことは赤い字で書いたY方向の電場についても言えます。そこで、X方向とY方向にそれぞれ好きな 電場を作り、その合計の電圧を各電極に与えれば、任意の方向に任意の大きさの電場を作ること ができることがわかります。ただ、図からわかりますように、8個の電極に与えられる電圧は すべて異なる値となりますから、電源は8個必要になります。前ページで説明した2段偏向を 行おうとすれば、その2倍、すなわち16台の電源が必要になるわけです。

さて、これまではX方向の電場とY方向の電場について独立に求め、それらを合成すると、ベク トル和の方向に電場ができるという考え方をしてきました。しかしながら、実はもう一つもっと 簡単な理解の仕方もあります。それは、電場の方向はコサイン関数で表されるという考え方です。 図2-2の電極は、水平線の右側から反時計回りに数えて、22.5°67.5°、112.5°、157.5°、202.5°、 247.5°、292.5°、337.5°の8方向に向いた極があります。このコサインを取りますと、0.9239, 0.3827, -0.3827, -0.9239, -0.9239, -0.3827, 0.3827, 0.9239となります。0.3827/0.9239=0.4142 ですから、0.9239V1の電圧をV1とした場合には、0.3827V1の極の電圧は0.4142となりますから、 上の場合と同じ比率であることがわかります。

このようにコサインで考えると、係数bの値がいくらになるかわざわざ実験したり、シミュレー ションをしなくてもいくらの値を用いればよいかがわかります。さらに便利なのは、このコサ イン則は8極子だけに適用されるわけではなく、何極の場合でも、各極の大きさが一様でない場 合にも使うことができる一般的な規則です。

コサインの法則でさらに便利なのは、電場の向きを回転させるのに、Cos(θ+α)として各極に 与える係数を計算すればよいことです。ここで、θは各極の方向、αが電場の回転角になります。 電子顕微鏡の偏向器などはすべて、X, Yで表示されていますが、向きαと強度Iで表すことも できるわけです。
図2-1. 一様磁場による電子ビームの偏向
図2-2. 磁場型偏向コイル
図2-3. 8極静電偏向器
図2-4.静電8極子の3D表示



第三節: 12極子と20極子を使った静電偏向器

8極場では同一面内にXとY方向の偏向場を作ることができましたが、二段偏向で16個もの電源を 必要としました。これを何とかしようと多分考えられたのが12極子、20極子による偏向で、 今度は電圧変化によってではなく、電極の形状によって電場の均一条件を見つけています。 電圧変化ではなく、形状によることから、極の数も増えてしまっているわけです。今度は 電源数の増大によるコストアップではなく、複雑な形状を精度良く作るためのコストの検討 が必要かもしれませんが、8極と12極でそれほどコストも違わないと言うことができれば、 有利な方法といえましょう。これらの工夫は、残念ながら、電子顕微鏡や、表面分析装置の 分野で見つけ出されたものではなく、多分、今は市場から消えてしまったCRTなどのディスプレイ の研究から生まれてきた技術のようです。

図3-1に示すように、上下左右に50°の角度の大きな極を置き、4つの斜め方向に20°の広 がりを持った極を2枚ずつ配置するという12極子の構造をどのようなきっかけで思いつい たのか私は知らないのですが、良く考えたなと感心した配置です。図には、-X, X, Y, -Y で記していますが、4種類の電圧をかけます。20°の電極は一個間を置いてから同じ電圧が かかります。一様場を作るには、120°の広がりが必要でしたが、この場合は130°の広が りを持っています。ただ、間が抜けているわけです。間を抜くことによって、8極子の場合 のような電圧を下げるのと同じ効果が生まれているのだと思います。別の電圧を加えるには 別の電源が必要ですが、間をあけるだけで同じ電圧をくわえるならば余分の電源はいらない わけです。

図3-2にはX=10V, Y=10Vを加えた場合のポテンシャルを示しています。-X, -Yにはもちろん -10Vをかけているわけです。このとき、ポテンシャルは両方向の合成で45°の方向を向い ています。

図3-3は20極もありますが、12極の場合と何が違うかといいますと、最初のページに書いた式 で、偏向子の条件は、3次の項が零になることでしたが、この20極子はさらに次の5次項も零 になるように選ばれているということです。高次の項まで零になっている場合の利点は、遠 くまで、つまり大きな量の偏向に耐えられる偏向子ができるということになります。偏向器 は電子顕微鏡で使われているように、補正やスキャンのほかに、リソグラフィー装置のように 大きな偏向を必要とする場合もあります。しかし、この20極子のような複雑な形になると、 その形を精度よく加工し固定する際の誤差の方が大きく効いてしまうのではないかと心配に なります。

図3-4は、8極偏向子の偏向軌道を描いたもので、偏向後ビームがフォーカスするように入射 ビームの条件を与えたものです。このとき、フォーカスビームの周辺のビーム形状すなわち 収差図形を描かせてみますと、図3-5のようになりました。収差の大部分は非点であることが わかります。Z=15mmちょうどの位置でのビームサイズは5nmx45nmで、非点がなければビーム サイズは5nm程度であることがわかります。偏向量は、高々0.1mm程度ですが、この程度の 僅かの偏向量のときには、5次の収差を気にするよりも、非点がどこから出てしまっている のかを追及する方が重要と思われます。 前に4極子の場合の電場ポテンシャルで二個の4極子を近づけておいたときに、その境界で 4極子場を発生していましたが、おそらくはこれが非点を作ったのではないかと推定されます。 もしそうであれば、2段偏向において、2個の多極子はお互いに遠ざけて設置しなければな りません。12極子を20極子に変えて5次の収差を防ぐことよりも先にやるべきことはこの 偏向に伴って発生する非点を防ぐことではないかと考えられます。
図3-5. 偏向ビームのフォーカス点近傍の収差図形
図3-1.静電12極
3-図2. 静電12極子のポテンシャル。X,Y方向に同一電圧を加えた場合。
図3-3. 静電20極子のポテンシャル。X,Y方向に同一電圧を加えた場合。

図3-4. 二段偏向ビーム



第四節: 静電8極子を使ったスティグメータ

8極子を使った二段偏向器をそのままスティグメータとして使うことができます。電源も余分に使う 必要はありません。ただ、操作上、手動では計算がややこしくて使い物になりません。コンピュー ターコントロールを前提とすれば何の追加もなく非点補正ができるということです。この、追加な しで二段偏向器をスティグメータとしても使えるということが、16個もの電源を必要とする8極偏向 器の救いでもあると言えましょう。

8極子を二段偏向に使っている場合には、同じものをそのままスティグメータとして使う ことが出来ます。図4-1は、8極子の構造を3Dで示しています。電場を計算するためのソフ トに形状を入力すると、このような3Dの形に出して見せることができます。このため 、CADが使えなくとも3Dの電場・磁場シミュレーションソフトを使って基本的な設計を 行うことがです。この種のソフトを持っていなかったときは、いったん機械設計の人に 大体の図面を描いてもらってから再び光学系の設計をしていたのですが、3D電場・磁場 のシミュレーションをするようになってからは、自分で全体を見通せるようになってき ています。部分部分の光学系を設計してからそれらを組み合わせた図なども作ることが できます。ただ、大きな図になってからは形状が見れるだけで、パソコンなどでは電場・ 磁場の計算はコンピューターの容量が小さすぎて計算できないのですが。また、形状の 数も制限があったりして、形状を単純化して数を減らしたりしています。

話がそれましたが、偏向器でどのようにしてスティグメーターの働きをさせるかについ てまずお話しましょう。8極子はそれ自身、完璧なスティグメータですので、これを単独 としてスティグメーターとして利用することももちろんできるのですが、ここでは、 偏向器をそのままスティグメーターとしても利用する方法についてまず述べることにし ます。

図2の左側は一様な偏向場を印加したしたときのX軸上の電場分布E1 vs Xわ表しています。 完全な一様場ができていれば直線になるわけですが、E3項、E5項があるため、二次曲線が 少し平らになったような形をしています。このカーブの上の面が平らなのは、E3項が小さ く、符号の反対のE5項が目立っているためと考えられます。図2の右側の図は、左側の図を 全体に右側に寄せたような形とも見れますが、実は、E2項即ち、4極場を加えた場合を示 しています。

図4-2について言うと、このような電場分布のピークの移動は、左の図を大体2次曲線と見た とき、これに斜めに直線を引いて足し合わせると、このような移動が起こります。二次 曲線というのは3次即ちE3で、1次の直線は2次即ちE2を表します。こうしてみますと、 非点というのは軸ずれと同じではないかということがわかります。軸ずれを作るだけなら ば左右の電極の電圧をずらしてやるだけで実現するはずです。 幸い、電場を使った偏向器の場合、+V1と-V1は別々の電源を使って電圧を供給していま すから、+V1+V2, -V1+V2という電圧を設定することはたやすいことです。これだけで 非点補正に必要な4極電場を作り出すことができます。これがX方向であるとして、 +Vx+V2, -Vx+V2と書きなおしますと、上下の極には-Vy-V2, +Vy-V2と与えれば完璧です。 左右または上下のどちらかだけを使う場合と、左右と上下のどちらにもV2を与えた場合 とは何が違ってくるかといいますと、それは加速電圧の違いになります。これは、次の ように考えてみれば理解できます。いま、水平方向だけに+V2をかける場合を考えてみま しょう。このとき、4極全体から-V2/2を差し引いてみます。そうすると、+Vx+V2/2, -Vx+V2/2, +Vy-V2/2, -Vy-V2/2となって、完璧なV2印加と同等になり、違いは全体に -V2/2を印加したこと、即ち加速電圧を-V2/2だけ変化させたことだけが違うことになり ます。この加速電圧変化は、偏向器を出れば修正されますから、偏向器を通過する間だけ 少しばかり減速、加速レンズ作用が加わるということになります。

図4-2では偏向場の高次の項であるE3に対して非点補正場E2を加えた例を示しましたが、 レンズ場の軸が狂っている場合にもこのような電場分布のシフトが起こりますから、 軸の狂いによって非点が出てくるわけですから、大変です。電子顕微鏡の調整で 軸合わせは難しいからと軸合わせをしないで非点の調整などばかりやっていますと、 いつまでたっても非点の調整が完成せず、自信喪失になってしまいますが、その理 由がここからわかるかと思います。軸合わせがきちんと出来ていない限り非点合わせを やっても仕方がないのです。軸の狂いは非点のもとだということです。

図4-3の左上は4極場E2だけの場合、右下はダイポール場E1だけの8極子中のポテンシャル 分布を示しています。右上と左下はそれらの中間の場合です。4極場の中心がダイポール が加わることで左寄りになり、ついには外に出てしまっています。8極子を使って、 ここに示すようにダイポールとクアドルポール即ち4極子を組み合わせて発生させる ことができます。

最後に大切なことは、非点の場合、Xを水平方向とした場合、Yは上下方向ではなく 対角線方向即ち、水平軸又は垂直軸に対して45°の方向であるという点です。 確かに非点を作るためには軸をずらしてやればよいのですが、水平方向と垂直方向の 二方向にしかずらせない構造では非点補正器としては使えないのです。幸い、8極子 は45°回転に対して対称な形をしていますから、上で述べたことを45°回転した方 向に対して実行すれば、それがY方向の非点を作ることになります。図4-4には、X方向 とY方向の非点の両方を作った例を示しています。それでは、水平方向に伸びた非点 に対して垂直方向に伸びた非点はどのようにして作られるのでしょうか。それは 加える4極子の符号を変えてやればよいのです。図4-4の右側の図では右肩上がりの非点 でしたが、左肩上がりの非点にするためにも45°方向の非点の符号を変えてやれば 実現します。
図4-1.静電8極デフレクター兼用スティグメータの3D表示。
図4-2. 偏向用電場の中心軸X上電場分布(左)とそれに非点補正場を重畳した場合(右)。
図4-3. 8極子にダイポールと4極場を単独で入れた場合と重畳した場合のポテンシャル。
図4-4. X方向(左)とY方向の非点を作らせた場合。Y方向とは45°の方向である。横と縦の違いは 符号の違いで調整される。