EOS津野
電子光学講座

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TEMによる磁区構造の観察には、ビーム走査(Scan)アタッチメントを付加した装置でも、 いろいろ行なわれてきました。これには、STEM法とSEM法があり、STEM法では、検出器を 結像レンズ系の下に着け、SEM法では、コンデンサレンズのすぐ下に置きました。ただ、 これらの装置改造は、それ程難しいものではなかったのですが、TEMは共同利用される 場合が多く、その内部に、鉄を持ち込むことが一般には嫌われたせいか、あまり普及 しませんでした。ここで紹介する、珪素鋼板のストレスコーティングをかけた状態での 磁区が観察できることも、国内ではそれを行なっているメーカーが2社しかなく、 輸出は禁じられたりなどしたため、ビジネスに寄与することは出来ませんでした。
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走査アタッチメントを付加したTEM(200kVSEM)による磁区観察

図1は、SEM法による磁区のコントラストの加速電圧依存性を200kVまで測定したものである。200kVのTEMには、 スキャンニング・ビームのアタッチメントがあり、通常は、STEMとして利用するのが一般的であるが、SEM として利用することもできる。TEMの試料ホルダーは、その初期のことろはトップエントリー型と言って、 試料を対物レンズの上に開いている穴から投げ入れる型が一般的であった。このため、試料ホルダーを 出し入れするための機構がコンデンサレンズと対物レンズの間にもうけられていた。試料ホルダーがレンズの 横から出し入れされるようになっても、しばらくの間、TEM装置にはコンデンサレンズと対物レンズの間は 空間となって残っていた時代があった。そこで、丁度この時代にSEMによる磁区観察が盛んに試みられる ようになったが、磁区によるコントラストが小さかったため、なかなか磁区像を観察することが難しく、 偶然に頼らなければならないような状況であった。しかしながら、この手法を主として開発したOxford 大学の論文に、SEM像の磁区コントラストが加速電圧と共に大きくなると報じられたため、TEMで SEMの働きをさせれば加速電圧を200kVまで上げることが出来ることから、図1にみられるように コントラストはほぼ1桁上げることが出来るというのが、J社の山本の考えであった。そこで、これを 実行し、当時大きな空間として空いていたコンデンサレンズと対物レンズの間の空間に試料をおいて、 磁区像が観察できるかどうかを確かめたところ、はっきりした像がいきなり現れたわけである。この時、 この場所には、TEMでSEM像を観察するための検出器が挿入されていたので、それを反射電子の検出器 として使うため、2次電子検出用にかけられていた10kVの電圧を切って、反射電子検出器として使う ことにした。この場合、問題点は、試料移動が偏向器で動かせるわずかな距離以外出来ないことであったが、 磁区像の倍率は一般に低く、特に試料の場所を選ぶ必要はなかった。    そこで、山本からの要請に基づき、大学時代の一年先輩で、川崎製鉄(現JFEスチール)に勤務していた F氏に来ていただいて、何か見たいものがないかとお聞きしたところ、絶縁被膜を冠ったままの珪素 鋼板の磁区が見たいという答えだったので、さっそく見てみたところ、あっけなく見えてしまったものである。 図2, 3参照。これは、200kVという高い加速電圧によって、入射電子が、珪素鋼板の絶縁被膜を通り越して、 内部の珪素鋼板にまで到達して、そこで磁区のコントラストが像となって表示されたものと解釈できるのであった。 所が、川鉄のF氏は、その後この結果を単名で発表しただけではなく、200kV+スキャン装置をJ社ではなく、H社 に発注したのである。  当時H社ではすでに、電気回路の真空管回路からトランジスタ回路への転換を果たし、コンパクトな200kV-TEM が発売されており、スマートな鏡筒構成となっていたが、J社ではそれがまだ間に合っておらず、ごつい装置に なっていたため、販売促進の一環として、応用データーで頑張らなければということも、200kV TEMで応用で 勝負しようということも、この磁区観察を200kV TEMで行おうとした目的の一つであったが、それが大きく 裏切られた形となった。そのすぐ後で、新日鉄のN氏も同様にやってきて、被膜付き珪素鋼板の 磁区模様の観察に成功され、さっそくJ社の200kV TEMの注文をしてくださったので、この時は、やがて半導体の 回路構成のTEMが完成した暁には、半導体回路の機械と入れ替えるという条件の下で、真空管機を代納 させていただいたのではなかったかかと思う。  この珪素鋼板の磁区観察騒動は、これで終わらず、私がJ社を定年退職したばかりの頃、中国からこの珪素鋼板 観察用の200kV TEMの注文が入り、同時に私がかの地に招待され、講演を行なうという条件が付いて いた。所が、この受注の話を何処で聞きつけたか、政府のある方面から、中国に対して、この200kV機の 受注と講演を辞退するようにとの指示が入ったのであった。企業の商売に対して、政府の機関がいちいち 目を凝らしていて、日本の商売、今の場合は、世界でおよそ半分の注文を、新日鉄とJFEとでこなしている 現状の珪素鋼板の商売に対して、その秘密を暴くかもしれない電子顕微鏡の商売を中止させることによって、 日本の独占的な珪素鋼板の商売を守ろうとした仕事を日本の政府筋が行なっていたということは、驚くべき ことであった。かつて、ドイツのシーメンスからの超伝導の電子レンズの技術導入の話があったとき、 シーメンス社が、かつて電子顕微鏡事業からの撤退を決めたとき、ドイツ政府から、シーメンス社に 対して、超伝導電子レンズの開発に世界でただ一人成功した、Dietrich女史の定年まで、それを続けさせ、 どこかに引き継ぎさせる努力するようにという指示があって、結局J社でその技術を引き受けることになった いきさつについて、ドイツ政府は民間の事業に対して嘴を入れる国なのだと思って来たのであったが、 わが国でも、民間の商取引に政府は目を凝らしていて、日本の商売にとって不利となるような取引に 対しては、くちばしを差しはさんで来るのかと驚かされたものでした。 ここで、図2と図3の比較を見てほしいのです。図2は、絶縁コーティングを施す前の試料と、絶縁コーティング を施した後の磁区図形です。コーティングを施す前の試料の磁区幅は非常に広いのに対して、コーティング を施した試料の磁区幅は狭くなっています。この右側のコーティングが施された磁区の写真は、200kVの SEMによって初めて観察されるものです。何故、珪素鋼板の磁区幅をわざわざ狭くしたかった のかと言いますと、トランスとしての働きをさせるためには、磁化の方向を一方向から、反対の方向に ひっくり返さなければなりません。磁区幅が広いと、片方に磁気飽和した状態から反対方向に磁化させる ためには、磁壁を沢山の距離移動させなければなりません。つまり、磁区幅が広いほど、一方から他方に 磁化反転させるためには、磁壁を沢山の距離動かさなくてはなりません。磁区幅が狭ければ、この距離は 短くて済みます。つまり、わずかなエネルギーで、磁化反転させることが出来るわけです。  ところが、図3の方を見ますと、コーティングをかぶったままの磁区幅(右図)も、それをはがした後での 磁区幅(右図)も同じ幅になっています。つまり、コーティングをはがした後でも、一旦コーティングを行なった ことによって入り込んだ歪は抜けていないことが分かります。しかし、だからと言って、珪素鋼板の研究 には、100kVTEMから200kVSEMに改造したSEMではない普通のSEMで間に合うことにはなりません。表面の 絶縁膜のはがし方によって、磁性体に残る歪はどの程度変化するのかわかりませんからこれらの2組の 写真があってはじめて、ストレスコーティングの理屈とそれが200kVの加速電圧にして初めて観察できる ことが説明できるわけです。

TEMにスキャン付属装置を取り付けて、高電圧SEMとして利用した場合の写真の例を ご紹介するのはこれくらいにして、磁区像のコントラストがどの様にして生まれてくるのかについて、 少し、お話しします。図4は、試料を傾斜したときと平らに置いた時とキトで、磁区のコントラストが どの様に違うかを示しています。試料を傾斜したときのコントラストは、磁化の方向 によって、反射電子が試料の外に出やすくなる場合と、試料の奥深くに潜り込んでいく 場合に分かれるために大きなコントラストとなって、検出されます。加速電圧30kV などの普通のSEMでは、普通、この種のコントラストのみが観測されます。 TEMにスキャン装置を取り付けて、反射電子が計測できるようにした高圧SEMでは、 この他に、試料を平らに置いた場合でも、磁壁のコントラストを観測することが出来、 それは、反射電子が2つの磁区の間で、互いに血か着くように出てくる場合と、お互いの 磁区から出てくる反射電子が手買いにはなれる方向に曲げられる場合とで、それらの 境界で、磁壁増が観察されることになります。

図1.SEM法による磁区コントラストの加速電圧依存性。。
図2. JFE スチールにおける方向性電磁鋼板の最近の進歩。 宮 俊人, 花澤 和浩,鈴木 毅浩, JFE スチール, JFE 技報 No. 36(2015 年 8 月)p.1 より転載。
図3.珪素鋼板の絶縁被膜をはがした後で撮影した場合(左)と、絶縁被膜付きのまま(右)で 撮影した場合の加速電圧依存性。100(上),150(中), 200kV(右)。

図4.SEM法による磁壁コントラストの生成。試料を水平に置いた場合。

図5.磁壁コントラストの生成原理。

図6.日本電子のカタログより引用。JEM200CXと2000FXの外観図。カタログより引用。

図7.試料に50Hzの磁場を印加したときの珪素鋼板の磁区模様。

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ここで少し、200kVのTEMの改造方法について述べておきます。図6に、既に古い装置となった 日本電子製の200CXと2000FXの断面図をカタログよりコピーして示しておきました。左側に示した200CXの 図からわかるように、鏡筒の左側面から試料ホルダーが挿入されているのが、対物レンズである。 このレンズの直ぐ上には、空間が拡がっているのが分かる。この位置が、高電圧(200kV)SEMの試料を 挿入するための空間である。ここには、以前、用いられていたトップエントリー型の試料ホルダー が用いられていた時に、試料ホルダーとその高管機構が挿入されていた場所である。200CXの試料 ホルダーがサイドエントリー型に変更されたのちに、この場所は空間として残されていたので、 200kV-TEMの高電圧SEMとしての利用にはまことに具合の良い空間であった。ところで、この後で 発売された2000FXでは、最初は200CXと同じ空間であったので、初期に購入された2000EXが残って いる場合には、200CXと同様にこの場所を高電圧試料室の空間として利用できるが、図6の右側に 示したように、しばらくしてから発売された2000FXには、この空間にコンデンサレンズCL3が 挿入されている。今、改造しようとしている、磁区観察用、高電圧SEMで観察しようとしている バルク試料の磁区構造は、電子顕微鏡として普通に観察しようとしている1000倍以上の倍率では なく、数十倍から、数百倍と言った通常はTEMで観察する倍率より、ずっと低い倍率であるから、 このCL3は取り外し、顕微鏡の外において、外で電気系の結線を行なっておく。電気回路の改造の 必要がないように、結線だけはしておくが、電子顕微鏡のレンズとしては利用しないためである。
次に、この空間に、二次電子の検出器が置かれているので、これの先端にカバーがあり、その カバーに1kVの電圧が印加されて、対物レンズの孔を登って来た2次電子を取り込めるように 装置は構成されているので、このカバーを外す。2次電子ではなく、新たに入れる試料ホルダ に収めた試料からの反射電子を代わりに検出できるようになる。即ち、1kVの印加を中止することに 二次電子検出器は、反射電子検出器として働いてくれるわけである。試料ホルダーは、バルクの 磁区構造を観察する物であるので、磁場の印加が出来るようなマグネット付きで、電子ビーム に対して45°傾斜させてセットする。傾ける方向は2次電子検出器が置かれている方向である。 傾斜なしで、観察すれば磁区ではなく、磁壁の観察が出来る。試料に磁場がかけけられるように 試料ホルダーとして、マグネットを介して、試料に磁場をかけられるようにすれば、直流、 交流いずれの磁場に対する像も表示できる。交流磁場を印加した場合には、横軸は試料位置で あるとともに、周波数でもあるようになるので、磁区模様は、サインカーブのように表示される。 試料の位置を移動するためのゴニオメーターも付けることが出来れば便利にはなるが、真空 ゴニオメーター付きの装置を作ることが困難な場合は、ナシでも構わない。というのも、観察 倍率が低いので、観察したい位置を予め、目分量で試料の中心付近に置いておけば、その位置の 磁区像が観察されるので問題はない。わずかの試料移動は、コンデンサレンズのDefコイルの 印加で行うこともできるし、もっと沢山の位置の移動を行ないたい場合には、Defコイルの巻き数を おおくして、現在のコイルの抵抗値と同じ程度の抵抗値になるように、Defコイルの線径を選択すれば 良い。 、

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作成日 20xx/0x/xx 修正 20xx/xx/xx,