EOS津野
電子光学講座

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電子顕微鏡による磁区観察は、典型的な位相コントラストの観察である。最も簡単な 観察は、TEMのデフォーカスによる位相の変化で、コントラストを生じ、磁壁の像が見える。 もう一つは、電子回折像が位相の変化によって左右にずれるので、片方のパターンを絞で 覆い隠すことで、残された回折スポットに対応する像は明るく、絞りで隠されたスポットに 対応する像は暗くなる。このような方法によって磁区像を電子顕微鏡像として表示させる 方法は、ローレンツ電子顕微鏡法として使われている。
最近、TEMにホローコーン照明を取り付けて、磁区を観察する新しい方法が、理化学研究所 から提案されている。この方法では、磁区と磁壁の像をいずれも焦点の合った状態て゛、 全方位に渡って観察できると開発者の原田らは述べている。 ここでお断りしておかなければならないことは、私はデフォーカス及び絞り法は、 現役時代に幾度も経験しているが、ホローコーン法は、文献を 読んで知ったことを紹介しているだけで、実験はしていないので、ここに書いたこと は誤解も含まれているかもしれないことである。

ローレンツTEMによる磁区観察

TEMによる磁区観察法は、ローレンツ顕微鏡法と呼ばれ、電子顕微鏡を使って磁区構造を観察する、 最も古くからある方法である。この方法には、2通りのやり方があり、1つは、デフォーカスを することによって、磁壁像が白または黒の線となって観察される方法であり、もう一つは、 電子回折像が、磁区の存在によって、左右に分裂するので、その一方を絞りによって覆い隠す ことによって、磁区の向きによって、像が白と黒に分かれることで、磁区像を観察するのである。 このような現象は、磁区の中では試料の磁化方向が一定の方向にそろっているため、電子線が その中を通過する際にローレンツ力を受けてその進行方向を曲げられることによって起こるもの であり、デフォーカスによって、磁区の位置は、磁化の方向によって左右にずれるため、 左右の磁区が左向きの磁区の像が右方向にずれ、右側の磁区が左側にずれれば、両磁区の境界が 重なった場所が出来るため、その重なりの部分は 明るくなり、逆に両磁区が離れる方向にずれた場合には、その境目は暗くなることによって、 磁壁の位置が暗くなるわけである。両磁区が互いに近づく方向にずれる場合には、両磁区の 端が重なるため、その領域は明るくなるのである。実際、オーバーフォーカスにすることに よって見えていた白黒の磁壁は、アンダーフォーカスにすることでその白黒が逆転するので、 画像の中で、磁区以外のコントラストの線と、磁壁によるコントラストの 区別がつきにくい場合には、オーバーフォーカスとアンダーフォーカスを切り替えてみれば、 区別することが出来る。これがデフォーカス法による磁壁像の観察手法である。    一方、対物絞りによる観察法は、覆い隠す回折スポットを切り替えれば、コントラストを 逆転させることが出来るので、磁区像を試料の成分や形状のコントラストと区別する ことが出来る。また、上に述べたデフォーカス法のようなデフォーカスの必要がないので、 磁区像の他の像もも一緒に観察したい場合には優れている。一方の磁区に対応するスポットを 覆い隠すので、その位置に対応する試料の構造像は見えなくなるのではないかと心配する 向きもあるかもしれないが、絞りの位置は、使用した対物レンズの焦点面に正しく入っている わけではないので、たまたま絞りが入れられている位置において、片方のスポットが隠されて いても、像情報をになっているビームは、試料の構造に対応する像の全てが絞りによって覆い 隠されるわけではないので、構造像は充分なコントラストの下で、観察される。磁区観察には、 試料位置でレンズの磁場シールドしたポールピースが一般には用いられるので、その場合の正しい 絞り位置は、通常 のポールピースの絞り位置よりずっと下の方になるので、仮に絞り位置が普通のポールピース に対して正しい位置に置かれていたとしても、磁場シールドされたポールピースに対しては、 正しい絞り位置から大きく外れた位置に置かれていることになる。これが、絞りによって片方の磁区 像を覆い隠しても、構造像が消えることはない理由である。

ホロコーン・フーコー法による磁区観察

ホロコーン・フーコー法は、新しく開発されたTEMによる磁区観察法である。この方法は、理研 の原田らと、大阪府立大学の森教授らによって行なわれ、2019年に発表された。私は、この方法 で実験したことは一度もないので、文献からの紹介ができるだけである。磁区と、磁壁の像を 同時にかつ焦点の合った高い空間分解能で、観察できる新しい磁区観察方法として紹介されて いる。しかしながら、この方法を紹介ている文献によれば、実験は、対物レンズを オフにしているということなので、そのことと、磁区の高い空間分解能とが、どの 様にして、両立したのかわからない。  通常、TEMの場合は図2、STEMの場合は、図3のような磁場シールド型の対物レンズを 用いて磁区観察をおこなっている。試料を鉄のポールピースの中に入れて、磁場は、 試料より下だけ、又はその前後のみにかかるようなポールピースを用いて行われる。 単に、対物レンズをオフにしただけでは、試料に掛かる磁場を零にすることは 出来ない。なぜならば、レンズの構造は、コイルが作る磁場をその周りのヨーク が拾って、ポールピースのギャップに集中して当てるように作られているからである。 このため、対物レンズの電流を零にしても、対物レンズの鉄心が持っている残留磁場が、 磁気回路によって、レンズのギャップに集中して掛かるからである。そのため、対物 レンズのヨークに残った残留磁場を消磁してからでなければ、試料には、この残留 磁場が、ヨークの構造によって試料上に集中して注がれることになる。従って 、以前に実験を行なった人の実験条件に依存した磁場が、集中して試料にかかる ことになるはずである。そして、もう一つの心配は、試料に対するビームの 傾斜照明がレンズを構成する鉄の残留磁場がレンズの構造によって、試料に集中 して当たるため、この方法は、ホローコーン照明と言って、試料上の一点に対して 、色々な方向からビームを照射しながら、TEM像を観察する方法である。即ち、試料 に対して、傾いた方向から電子ビームを試料上の一点に当てる手法である。いま、 対物レンズのコイル電流を零にした時の対物レンズの持つ残留磁場は、対物レンズ を使用した最後の条件によって、色々な残留磁場の状態に置かれていると 考えられる。ホローコーン照明というのは、試料上の一点に対して、色々な方向から 向きを変えながら、ビームを照射する方法である。そうだとすれば、ビームの角度を 色々に変える偏向コイルと、試料の間の関係はどうでも良いわけではなく、決められて いると思えるので、対物レンズが作る試料より上の磁場分布が、ホローコーンの照射 条件を決めているのではないかと思われるので、ビームの照射条件が、前日にその 顕微鏡を使用した人の実験条件に依存するようになるはずである。そのような不安定 な条件の下で、実験がうまくいくとは考えられないので、一番良いのは、磁気シールド を施した対物レンズを用いることだと思う。但し、磁気シールドは、交流磁場を 用いても、厚いヨークの中に交流磁場は、入っていかないので、直流磁場を極性を 変えながら次第に小さくしていかなければならないので、その装置は、別途用意 しなければ似らない。磁気シールドポールピースを新たに作るのと、直流消磁機 を新たに作るのとでは、その手間は、同じ程度かもしれないが、消磁作業を毎回 やる手間よりも、ポールピースを入れ替える方が簡単でもあり、精度も高い実験が 出来るのではないかと思う。

文献 Hollow-cone Foucault imaging method Ken Harada, Atsushi Kawaguchi, Atsuhiro Kotani, Yukihiro Fujibayashi, Keiko Shimada1 and Shigeo MoriApplied Physics Express 12, 042003 (2019)


図1. TEM単独で磁区観察の出来るスリット又はデフォーカス法。

図2. 結像系のみの磁区観察用磁場シールドレンズ。

図3.磁場をシールドした磁区観察用ポールピース。コンデンサレンズ部と結像レンズ部の 両方の磁場が、磁気シールドされた試料空間の前後に設けられている。。

図4.ホローコーン・フーコー法による磁区観察。 {磁区構造を可視化する新しい電子顕微鏡法} | 理化学研究所 ホローコーン・フーコー法による磁区観察法。 https://www/riken.jp/press/2019/20190314_1 より転載
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最初のページ 作成日 2021/09/21 修正 20xx/xx/xx,