EOS津野
電子光学講座

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透過電子顕微鏡(TEM)の電子レンズにつきましては、収差補正の爆発的な普及で技術開発としては 終わりの時を迎えたかと思ったのですが、SEMのレンズではレンズと検出器の微妙な関係からエネルギーの 選別を行い、画像に単なる形状の表現だけではない重みを付けたりする工夫がされています。一方、 低加速電圧反射電子顕微鏡LEEM、光電子顕微鏡PEEMの電子レンズなどではまだその最良の 設計もなされていない現状ではないかと思われます。こうしたなかで、レンズのいろいろ についてまとめてみました。

電子レンズの用途別の特徴

1. TEM/STEM(透過電子顕微鏡)用

強励磁磁気飽和レンズ。電子顕微鏡の発明者として知られるRuskaがシーメンス社に入社後 Riekeと共に開発した、狭いギャップと狭い穴径を持ち、テーパ角が60°付近の高分解能用 レンズ。これを磁気飽和させ、磁場分布をなだらかに落ちていくようにすることで、小さな 球面収係数Cs差が実現しました。た。軸上色収差係数Ccは、磁場分布の半値幅が狭いほど 小さな値をとるので、両者を最適にする兼ね合いが難しいものだったことを覚えています。。

2. SEM(走査型電子顕微鏡)用

SEM用の対物レンズとしては、検出器との関係で、試料とレンズの間に磁場のかかるレンズ と、磁場のかからないレンズがあります。高空間分解能機では、二次電子は対物レンズに 吸い込まれますので、最高空間分解能よりも、像コントラスト優先の場合には、試料位置を 上下して、ET検出器の他に、対物レンズ上方の半導体検出器と、ET検出器の両方に二次 電子を配分し、像に豊かさを付け加えることが出来ます。検出器としては、対物レンズ の隣に二次電子を電場で引っ張り込んで光電子増倍管で増幅し検出するエバハート・ ソーンリー型を置く場合と、試料上に磁場が漏れ出すタイプの二次電子を漏らすことで、 二次電子を光軸上に吸い上げ、穴明き半導体で検出する方式と、ビームセパレータに よって、二次電子を光軸から外した方向に振り分けてから、エバハート・ソーンリー 検出器に入れる方式とがあります。両方を持っていて、豊かな像が作れる装置もある のです。

3. LEEM(低加速反射電子顕微鏡)

ビームセパレータと入射ビーム用付加レンズ(広い面にビームを照射するため)。 反射電子顕微鏡では、入射ビームと反射ビームが対物レンズの同じ場所を使うため、 そのままでは、フォーカスを結ぶ条件で入射ビームも使うことになるので、入射ビーム で試料上の広い部分を照射することが出来ない。そこで、対物レンズの入射ビーム側の すぐ近くにコンデンサレンズを置き、ビームを広げることが出来るようにしなければ なりません。しかし、対物レンズの直前には、入射ビームと反射ビームを分けるための ビームセパレータがありますので、少し遠くに位置することになります。それでも反射 ビームをフォーカスさせた条件で、入射ビームを広げることは出来ている。

4. PEEM(光電子顕微鏡用レンズ)

加速レンズ。入射光導入路の確保。LEEMとPEEMには同じ対物レンズが使われるケースが多いが、 PEEMでは結像レンズ系だけしかいらないので、照射と反射の両ビームを別の条件で使う必要 はない。

5. 陽電子顕微鏡・陽電子回折装置用電子レンズ

陽電子源からのビーム輸送ソレノイド。ソレノイド終端での螺旋運動を終了させてから 対物レンズに入れる必要がある。このレンズでらせん運動終了に伴うビームの発散を防いで フォーカスを行う必要がある。

5. X-線発生装置用電子銃レンズ。

封止管による真空。高加速電圧。 ここで、X-線発生用の電子銃に付属してビームを細く絞って非破壊検査用などのX-線顕微鏡のX-線発生源用の 電子レンズは少し異質ではありますが、その数の他と比べての圧倒的な多さと、X-線発生装置のための 電子銃装置は1895年のレントゲンのX-線発見の時から今日まで120年にもわたって使い続けられてきたことから 加えてみました。X-線発生用電子銃の電子レンズでは、封止管と言って、真空を引き続けるのではなく、 かつて使われていたテレビのブラウン管のようにガラス管の中に封入した形で使われる場合もあると言う 他では見られない特徴があります。もう一つの特徴は、ほとんどの電子顕微鏡が低加速電圧を目指してい る中にあって、高加速電圧が求められ続けているほとんど唯一の電子レンズではないかと思われるからです。

TEM用電子レンズの年代別の特徴

1950. 静電レンズと磁場レンズ。 電子顕微鏡開発初期には静電レンズを用いた装置を作る会社と磁場レンズで作る会社とが入り乱れていました。 決着がついたのは1950~60年代ですが、比較的参入が遅かった日本のメーカーの多くは磁場レンズで開発競争に 参加したため、その多くが残ることが出来ました。なぜ、電場レンズを用いた会社が退場し、磁場レンズ を選択した会社だけが残ったのかと言う理由については、はっきりしたことは知りませんが、高分解能を得る には、レンズの場の中に試料を入れる、浸潤型レンズが使われたことが考えられます。磁場の中に試料を入れる ことは、磁性体試料試料以外では可能ですが、電場の中に試料を入れることはできないからです。  

1960. 強励磁磁気飽和レンズ。

透過電子顕微鏡の電子レンズはその性能を上げるために、ポールピースの先端を磁気飽和させるまでに強励磁して 使いました。そして、磁気飽和することによって飽和する前に比べて磁場分布がなだらかに変化するようになる ことを利用して球面収差係数を小さくする工夫までしたのです。

1970. コンピューターによるデザインの導入。

戦後になって有限要素法FEMによる強度計算が出来るようになり、構造物の設計に革命的変化が起こりました。 FEMはその後、流体や熱の解析にも応用され、やがて電磁界分布の解析にも応用されるようになりました。 電子顕微鏡の電子レンズ設計には1960年代の終わりに英国のケンブリッジ大学の学生であったMunro氏によって 開発され、1970年台に世界に普及しました。これによって、電子レンズの設計は、長い間の勘と経験に頼る 電子レンズの神様の手から一般の人にも開放されました。それは、専門家をなくし、素人でも設計出来るという 危うさを含んだものだったかもしれません。幸い、今では、収差補正の成功によってレンズデザインの専門家が いらなくなったかもしれませんが。

1980. 分解能限界。

1959年にTretnerが発表した分解能の式でレンズ内の磁束密度を高めればそれだけ分解能が向上する ということが言われ、コンピューター設計と言う道具も有効に使われ、1980年代には限界の分解能に ほとんど達しました。

1990. 2000 限界の達成と収差補正の成功。

収差補正は丁度、レンズ設計がその限界にほとんど達した時に成功しました。成功の理由は、それまで信じられ ていた高い機械精度を実現したと言うことではなく、機械精度の狂いによって生ずる付加的収差までも、収差 の測定とそのコンピューターを駆使した収差の解析、色々な収差の多極子による作成などを通じて補正すると言う ものでした。必要な精度はむしろ、電源に求められ、10のマイナス7乗と言う安定度が必要とされました。

2010. 3D(トモグラフィー)の発達と超高圧電子顕微鏡の復権?

収差補正装置の爆発的普及によって、次の新しいTEMの進むべき道が模索される段階になりました。結像レンズ なしでDiffractionパターンからコンピューター解析によって像を作り出す手法、らせんビームを作り電子の 角運動量を利用する手法などが研究されていますが、レンズ開発としては、電子回折のための平行ビームの 生成などがテーマとなりました。その他に多くの所で研究されているのが、3次元(3D)表示のためのトモグラ フィーの研究で、このために厚い試料の観察が見直されています。厚い試料の観察のため、超高圧電子 顕微鏡も見直され始めたのではないかと思われます。

文献

1. The Early Development of Electron Lenses and Electron Microscopy
by Ernst Ruska, Translated by Thomas Mulvey, S. Hirzel Verlag Stuttgart (1980)
2. V.E. Cosslett: Fifty years of instrumental development of the electron microscope, in Advances on Optical and Electron Microscopy, R. Barer and V.E. Coslett Eds., 215-267, Academic Press (1991)
3. W.D. Riecke, E. Ruska: A 100kV transmission electron microscope with single-field condenser objective, 6th Int Cong. Electron Microscopy, pp.19-20, Kyoto, Maruzen (1966).
4. T. Yanaka, M. Watanabe, Aberration coefficients of extremly asymmetrical objective lens, 6th Int Cong. Electron Microscopy, pp.141-142, Kyoto, Maruzen (1966).
5. T. Mulvey, Magnetic electron lenses II, Electron Optical Systems, SEM Inc. AMF O'Hare, 15-17 (1984).
6. T.T. Tang, J.-P. Song, Side pole-gap magnetic electron lenses, Optik 84 (1990) 108-112.
7. K. Tsuno, Y. Harada, Elimination of spiral distortion in electron microscopy using an asymmetrical pole-piece lens, J. Phys. E.:Sci. Instrum. 14 (1981) 955-960.
図1. 透過電子顕微鏡(TEM)対物レンズの一例。CO(Condenser-Objective)レンズ
図2. 走査電子顕微鏡(SEM)対物レンズの一例。リターディング(減速)レンズ。
図3a. 低加速電子顕微鏡(LEEM)対物レンズの一例。
図3b. 光電子顕微鏡PEEM)対物レンズの一例。
図4. トレットナーの限界
図5. 走査電子顕微鏡(SEM)対物レンズの2つの型。コンベンショナルレンズ (磁場フリーレンズ)とサイドギャップレンズ(磁場浸潤型レンズ)。
図6. PEEM対物レンズ内で加速された1eVと100eVの放出電子の軌道。弱いエネルギーのビームは すぐに平行化されるが、高いエネルギーの光電子は平行化されずにレンズ作用で収束する。 コンタクト・質問は、こちらまで♪EOS津野"tsuno6@hotmail.com"

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作成日 2012/09/25 修正 2014/09/14, 2018/02/12, 2021/06/28

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