EOS津野
電子光学講座
ウィーンフィルタについては一度書いています。indexページの左の欄の下の方を見て いただきますと、何ページかにわたって書いてあります。これを書いた時からすでに 数年たっているのではないかと思いますが、その間にいくつかのWien Filterを設計 する機会がありました。それらの経験も踏まえ、改めてこの魅力あふれる装置の全貌 に迫ってみたいと思います。


一様電場・磁場の生成とウィーン条件 そのI

ウィーンフィルタは電場と磁場を電子の進行方向に垂直に互いに直交してかける 装置です。一般にビームの進行 方向に直交して電場や磁場を加えますと、ビームは磁場の場合は円運動、電場の場合は 放物線運動をします。電場では電子はマイナスの電荷を持っていますからプラスの電極の 方に曲がります。磁場の場合は少しややこしく、フレミングの法則というので学校で 習ったと思いますが、磁場の方向と電子の進行方向の両方に直交する方向に曲げられます。 ですから、電場と磁場を直交して加えておけば、同じ面内で電子は曲がることになります。 このような条件に置いた電場と磁場をExB(イークロスビー)フィルタと呼びます。このExB 装置のうち、電場と磁場によって曲げられるビームの方向が反対になるようにその極性を 決めてやりますと、電場による偏向と磁場による偏向とが打ち消しあって、電子が直進す る条件があります。この電子の直進条件のことをその発明者の名にちなんでWien条件と呼 んでいます。この条件は、

E1 = vB1

と書かれます。ここで、E1は一様電場、B1が一様磁場で、vは電子の速度です。

Wienがこの条件を発見したのは実に1898年で、X-線の発見が1895年、電子の発見が1897年ですから 同じような時代だったわけです。Bushが電子レンズの性質をまとめたのが1928年、Ruskaによる 電子顕微鏡の発明が1931年でしたからそれよりずいぶん前になるわけです。

この頃、電子は、中を真空にしたガラス管に電極を二本入れ、その電極間に電圧を加えて、 放電によって発生させていました。それは、まだ電子が電子として発見される前で、 カソードレイと呼ばれていました。真空度が低くてガスの入ったチューブに電圧をかけると放電 の軌跡が見えるわけです。電子ビームを使う機器のうち、 テレビのブラウン管がここ10年位の間に消えてしまい、真空管はもっと前40年くらい前に姿を消 しましたが、オッシロスコープはまだ健在です。もうひとつの電子ビームの重要な応用先は レーダーで、戦後電子顕微鏡の開発を手掛けた人の何人かは戦時中にレーダーの研究をしていた 人たちだったのですが、レーダーはまだ使われているのでしょうか。

ドイツのチュービンゲン大学のPlies先生は、Wienは一様電場による電子の偏向を磁場による偏向で 打ち消すことが出来たと述べていると書いています。(E.Plies et. al. Nucl. Instrum. Method. in Phys Res. A 2011)ここからWienは電子の速度を求めたということです。

Plies先生によれば、Wien フィルターをエネルギーアナライザとして使えるプリズムとしての働き をすることを言い出したのは、質量分析装置の研究、特にセクター磁石のフリンジ場の扱いで有名 なHerzogだったそうです。 しかし、ウィーンフィルタが実際に使われ始めたのは1960年代以降のことでした。これまでの70年 近くはWien フィルタの空白期間です。

ここではまず、一様磁場を電磁石で作り、一様電場を平行平板電極で作った場合にWien filter はどのように動作するのかを見てみます。図1に示したものは、磁極が傾斜していますので、 一様磁場ではなく傾斜磁場を作ってしまうのですが、これは後で触れますが、4極子磁場を作る ためのものです。いまは、その点は忘れて、一様磁場を作る平行な磁極面を持った電磁石を 想像してみてください。

さて、電場も磁場も一様場E1, B1を作ることが出来たとします。図2の下の図に示しますように、 そのビーム進行方向(Z)の場の分布は、大きく形を異にしています。磁場の分布は電場の分布より もはるかにブロードになっています。こうしますと、図2の上の図に示しましたように、電子は 最初磁場だけにさらされ、電場に到達する前に磁場によってその軌道を曲げられてしまいます。 いったん曲がった軌道も電子が電場に入ってから、電場の作用をWien 条件より強めて光軸 に戻してやることは出来ます。図2の場合もビームは戻ってきています。しかしながら ビームが大きく偏向を受けたことよって、ビームは大きな収差を受けてしまいます。

このような、フィルターへの入り口と出口での場の分布、これをフリンジ場と呼んでいます、 この分布を電場と磁場で一致させることがビーム通路の全体に渡ってWien条件を成り立たせる ための必要条件だと考えられます。そのためには、電極の極間距離Seを電磁石のギャップSm と少なくとも等しくする必要があると考えられます。図1のウィーンフィルタはこのように考えて 設計したため、電極と電極の間の距離が電極の高さに比べて大きくとることが出来ませんでした。 しかも、後で示すように、磁場方向へのフォーカスを作るためには4極場が必要で図1の場合は この4極場を磁極片の傾斜によって与えていますので、ただでさえ狭い電極のスペースはさら に狭くなり、とかも電極の高さも左右同じにすることが出来ませんでした。 4極子場を電場で与えることが出来れば磁極片は平行にすることが出来ますから電極を入れる スペースには余裕が出来ます。このように考えて設計されたウィーンフィルタが図3に示して あるフィルタ形状です。電場で4極場を作る方法には二通りあります。電極の極率を変えることで 与える方法と、電圧をアンバランスにする方法とがありますが、図3では後者の方法を採用 しています。

図1の形状に戻って考えてみましょう。 このようなフィルタの場合何が問題になるかと言いますと、電場の一様性です。狭い磁場の ギャップの中に電極を置きますから、電極の高さHと電極間距離Seの比H/Seは1程度の値にな ります。一様電場を作るにはこの値は、H/Se>3位が必要で、H/Se=3.5位でほぼ一様電場にな ります。従って、Se=Smの条件の下では一様電場が得られないことになります。

これを解決する方法は、平行平板電極ではなく、円筒をある角度で切った形の電極を用いる ことによって解決します。円筒電極または磁極を120°の角度で切ると一様場が得られることは 良く知られており、電子の偏向器として利用されています。図4は、リングを途中で切っ て水平方向に電場を与え、垂直方向に磁場を与えたとしてその角度と、そのリングによって作られ る電場、磁場の一様性成分E1, B1と不均一成分E3, B3を求めた結果を示しています。 このようなリングでは実際には電場は作れても磁場は作ることができませんが、これだけで 磁場が作れたと仮想的に考えてみてください。

電場も磁場もそれぞれ2α=120°の時にE3=B3=0となります。しかしこれは、電場の場合は、 電場をかけていない角度領域も金属の場合ですが、磁場の場合は、起磁力を与えていない リングは非磁性の場合になります。この違いはなんによるのでしょうか。面白い違いです。 全体が磁性体のリングの時は、2α=90°で一様場B3/B1=0となります。 次の節では具体的な設計のフィルターについて、Se=Smの条件を満たしたうえで一様な 電場E3=0と一様な磁場B3=0となるようなフィルターの形を探ります。

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図1. 電磁石の磁極間隙に平行平板電極を挟み込んだWien Filter. ここで磁極が傾斜しているのは、 後で示す、4極子磁場を作るため。
図2. 電極間距離Seが磁極間ギャップSmより短い場合の電子の軌道とその時の中心軸上の電場・磁場分布
図3. Wien Filterの3D表示の一例。
図4. 同心円の左右に電極、上下を磁極とした場合の模式図。
図5.角度による電場と磁場の不均一成分E3とB3を一様場成分E1, B1で割った値。 (1)は電極が磁性体の場合、(2)は電極が非磁性金属の場合。

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