EOS津野の
電子光学講座
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2021年のはじめに、電源のメーカーとして知られた松定が、新しいタイプの SEMの販売を 開始しました。数年前に、SEMの開発を始めるにあたって、私が SEMの構造の説明をさせて 頂いた関係で、私にもその連絡がありました。 途中で、不景気になったため、本業に回帰 しなければならないという理由 で中断したため、その後、何の連絡もありませんでしたが、 2021年の はじめに、SEMの開発を再開し、製品として発表したという連絡があり ました。 カタログを見せていただいたところ、いくつかの点で、新しい 発想があり、大学を出た ときから、SEMの開発に携わって来た人たち には思いもつかないような発想がいくつか 盛り込まれておりました ので、それらの点についてご紹介したいと思います。 装置には、 磁場浸潤型と、磁場フリー型のレンズが試料の前後に2個あり、客先 では2台のSEMを 買う必要がないように配慮されておりますが、ここ では、磁場浸潤型の方だけをご紹介 します。というのも、こちらの 方に新しい考え方が盛り込まれているからです。

松定SEMの特徴と他社との比較

SEMを購入する場合、試料を磁場中に置く高分解能用と、無磁場中において、 SEMらしい立体感のある像を得ることを優先する機種とがあります。SEMの歴史の ところに書きましたように、もともとケンブリッジ大学のサー・チャールス・ オートレイとそのお弟子さんたちが開発したSEMでは、試料は無磁場空間に置かれて いました(図(1)の左側)
しかし、TEMに電子ビームをSEMと同じようにスキャンさせてSTEMと呼ばれる走査像 観察装置が追加された時、2次電子観察装置を対物レンズの上に取り付けて高電圧 SEM像が観察できる装置をその当時日本電子にいた小池が取り付けたところ、SEM像 が高分解能で観察されました(図1真ん中)。この方法は、一時、SEMの高分解能 バージョンとして、SEMは普通の試料位置と、小さな試料に限られますが、高分解 能バージョンとして、普通のSEMに取り付けられた時代がありました。この方式は、 インレンズ方式と呼ばれました。しかし、この試料室は、やがて、高分解能SEMには、 フィールド・エミッション電子銃が一般的に使われるようになると消滅しました。 やがて、このように、試料を磁場中に置くことで分解能が向上することが明らかに なったために、図1右側のように、両極が試料の同じ側にありながら、試料に磁場の 掛かるセミインレンズ方式が一般的に用いられるようになりました。このタイプの レンズでは、磁極が試料の上側にしかありませんので、大きな試料を入れることも できますし、大きなゴニオメーターを使うことも出来ました。

高分解能と、立体感のあるイメージの両方を同時に満足させようとしたZeissの Geminiのような装置もあります。ZeissのSEMは図2に示すように、試料を無磁場 空間に置くことで、立体感のある像を優先し、空間分解能は、対物 レンズの球面収差を「部分だけマイナスにすることで小さくしています。電子 顕微鏡のレンズでは、「物面から像面までの間の合計では」負の収差が作れない ことは、広く知れ渡っていますが、日本語のカタログには負の収差を作ると 書かれているだけなので、それが、部分的に見ればという意味だということが 理解してもらえず、うさん臭い装置だと思われているためか、それ程普及 しませんでした。多分、ドイツ人には、日本語で書かれた装置の説明は理解 出来ず、日本人営業マンたちは、シェルツァーの定理などは教えてもらわな かったため、翻訳ミスに気付かなかったのではないでしょうか。 ツァイスのSEMは、試料を無磁場空間においておけるため、SEMらしい立体感のある像 コントラストを作れるので、そろそろ特許も切れたころですから、これから、 日本のメーカーさんにもこの方式のレンズの検討を始めてほしいところです。 つまり、ツァイス方式と、松定方式が今後のSEMの方向性を決めるのではないかという のが、私の当面の予測です。

> 試料を磁場の中に入れると、試料で発生した2次電子はその磁場によってらせん状に > 回転して、対物レンズの中に引き込まれます。対物レンズの穴の中は、実は無磁場 > 空間ですから、何もしなければ、2次電子はここで発散してしまいますので、対物 > レンズの穴の中にソレノイドコイルで磁場を作り、2次電子を対物レンズの上まで > 螺旋運動をさせて引き上げます。

松定特許を回避し、同じ特徴を持たせる方法について

松定SEMの新規の特徴は、高分解能の磁場浸潤型対物レンズ(OL)と、3次元的な 立体感のある像の得られる磁場フリー型OLを1つのSEMにまとめたことです。 私は、SEMの将来像としては、磁場フリーOLを使って、対物レンズの収差を 電場と磁場の混合型にすることによって、試料が磁場フリーの場所にあっても、 小さい球面収差のOLが得られるZeissのGemini方式とここで説明している 松定方式のどちらかにSEMのレンズ系に集約していくのではないかと思って います。幸い、Geminiのレンズ特は既に切れています。 日本の> SEMメーカー は、Zeissの特許に煩わされずに自由な> 設計をこのタイプのレンズに 関して行なうことが出来ます。  2つの対物レンズを備えた、松定方式の特許は、最も基本的な、磁場中と 磁場フリーの2つのレンズを1台のSEMに備えるという装置がかつて、使われて いたことがありましたので、何とか回避する方法が見つかるものと考えられ ます。松定での特許は、未だ申請中の段階のようで、内容はまだ公開されて いないようで、検索すると、彼らがこの2種類OLのSEM方式の前に作ろうと したとみられる普通のSEMがフィットしてくるだけです。

そこで、ここでは、特許のクレームをいくつか想定し、それに対しての 対策を述べてみたいと思います。まずは、「対物レンズを2個、1台のSEM に組み込む」と言うクレームですが、これは実は、磁場浸潤型のレンズの 最初に、TEMタイプレンズと、SEMのレンズを組み込んだ時代が過去にあった ことを上に書きましたが、2個のOLを搭載したSEMは過去に販売されたことが ありましたので、拒否することが出来ます。但し、これは、2個のOLを搭載し、 2個の試料ホルダーを使っています。1個の試料ホルダーに対して、2個の 別々のレンズが使用できる場合が独立した特許として認められるかどうか については判断が難しいと考えられますので、特許担当の弁護士さんと 協議する必要があるのではないかと考えられます。

一個の試料ホルダーと一個のレンズに対して、試料に磁場の掛かる条件とかから ない条件を創りだすことが出来れば、全く他社の特許を気にすることなく使用 出来ると考えられます。それを実現できるレンズとして、私が考えたのは、3磁極 2コイル方式のレンズ(以後3磁極レンズと呼ぶ)です。3磁極レンズは、磁極が3つ あり、その間に2つのギャップが光軸方向(Z)に並びます。TEMの投影レンズと して使用すると、S字歪のない像を作ることが出来ます。永久磁石レンズとして、 私が作ったものを例として、図9に示します。この磁極の向きを光軸と 直角方向(90°)に変えて、3磁極が水平方向に並ぶように配置がえすれば良いの です。このような横向きに3磁極が並んだレンズを作れば、コイルの選択 によって、試料に磁場の掛かる条件と掛からない条件を、切り替える ことが出来ます。外側の磁極を、図6に示す米澤のMulveyレンズに変えれば、 本当の3磁極レンズにすることが出来ます。水平方向3磁極レンズで、試料に 磁場のかかる条件とかからない条件を励磁するコイルの選択によって切り替え ることが出来るレンズです。このようなレンズを用いれば、試料位置より上に 置かれた1個のレンズによって、試料に磁場のかかる条件と掛からない条件が 切り替えられる1個のレンズを作ることが出来ます。つまり、既存の1個の レンズの中身を90だけ開店したレンズは、相変わらず、1個のレンズと呼ぶ ことが出来るのではないかというのが、私の主張てす。まさか、1個のレンズの 中身を回転させたら、2個のレンズになったとは誰も主張しないだろうと いうのが、私の考えです。

もう一つ松定SEMについてやってみたい実験は、収差補正です。

、  最初の収差補正の実験的成功は、SEMで行われたものの、それ以降、実際の 利用はTEMに対してはあっという間に、世界中に広まったのに対して、SEMに 関しては、ほとんど普及しませんでした、その理由として、電子ビームの 試料内への潜り込みと、その後の、試料内での広がりのため、格子像までは、 見ることが出来ないSEMでは、収差補正を必要とする被写体が、半導体回路 以外には存在しないためではないかと考えられてきましたが、松定SEMの 断面図を見ていて思ったのは、日立のSEMでは、2次電子を対物レンズの上 まで引き上げるために、対物レンズの光軸上の孔には、沢山のコイルが 入っており、2次電子を螺旋状)4 に回転させて、検出器まで持ち上げて いるが、このコイルの作る磁場が邪魔をして、収差補正がうまくできな かったのではとも考えられるので、松定SEMについて改めて、試して みたいということです。他の会社のSEMでも、対物レンズ内に、2次 電子の引き上げ用コイルの入っていないSEMの場合は、収差補正に もう一度挑戦してみてはいかがでしょうか。SEMで、収差補正が うまくいけば、今は、30kVで使われているSEMの加速電圧をもっと 下げることが出来るのではないでしょうか。あるいは、装置の 真空度を高く維持しなければならない、電子銃を、低真空でも働く 電子銃に切り替えて、装置の操作性を簡単にすることもできます。 SEMのレンズ系の電流は、固定ですから、収差補正器の電流は、一旦 決めれば、変化させる必要がありませんから、出荷時に調整を終了 しておけば、あとは経時変化の対策としてわずかに変化させる程度で 済みますから、収差補正器付きの装置も、恐れるには及びません。 収差補正を組みこむことで、真空対策を簡便化した高性能SEMが大衆化 する日も近いと思われます。収差補正は、沢山の電源を必要とします。 買って、収差補正の研究がドイツの大学などで盛んにおこなわれてい た頃、その中の1つの研究室を訪問したことがありましたが、研究室 の中は、伝毛であふれかえって、経っている場所もないほどでした。 松定さんは、電源の会社ですから、電源を研究室いっぱいに用意しな ければ出来ない研究には、まさにうってつけのテーマだと言えましょう。 ここまでは、SEMのこれからの発展のためには、Zeiss方式で行くか、松定 方式で行くかのどちらが良いかの選択の問題であると考えると、Zeissの 特許は既に切れているので、問題ないわけですが、松定の特許を咲けて、 何とか、1台のSEMに試料に磁場の掛かるレンズと磁場不利補のレンズの 2つを同時に組みこむSEMを松定特許を回避しながら実現する方法に ついて、考えてきました。2つの方式はかつて一つの方式が、販売されて いましたので、松定の特許は、成立するにしても相当な制約の下でしか 成立できないでしょうから、それを避ける方法を一つご紹介しました。

上では、松定特許を潜り抜けて、1台のSEM試料に磁場の掛かる条件と 磁場フリーの両方を実現する方法を考えましたが、松定SEMの現状を打開して、 売れるSEMにする条件は、何と言っても、大きな試料を入れることが出来るように 改造しなければならないということです。カタログには、試料ホルダーのことは何も 書いてありませんが、図3に示した断面図を見れば、普通のSEM二搭載されているような 大きな試料を載せることのできるゴニオメーターを入れるスペースがないことは直ぐに わかります。

歴史的に見れば、試料より下に置かれたレンズは、イギリスのProfessor Mulveyに よって提案された、Single Pole-Piece Lensであり、松定SEMはそのはじめての 商品化された応用装置なのです。かつて、初めてMulveyのSingle Pole-Piece Lens が提案されたとき、多くの人の注目を集めたのですが、結局、試料のゴニオメーター と干渉してしまうと言うことで、試料より下にはレンズを置くことは出来ない ことがわかり、図6に米澤の提案によるMulvey レンズの持つ利点を試料の上から つるす方式のレンズによって実現できることが証明明され、Mulveyレンズの試料 の下に置くレンズは、実現してきませんでした。ですから、この松定SEMの発売を 一番喜んでくれたのは、今は天国のMulvey先生かもしれません。

それでは、試料より下にレンズを置く方式は、大きな試料の観察が絶対にできない かと言うと、大きな試料を相手にできるゴニオメーターをまず作り、それがすっぽり と中に入るほど内径の大きなソレノイドコイルを作り、その内側の円筒形の空間に、 ゴニオメーターを入れれば良いのではないでしょうか。MulveyのSingle Pole Piece Lensが提案されてから、これが試料のゴニオメーターと両立しないという 考えばかりで、その利点を試料の上からぶら下げる方式のレンズで実現する方式 ばかりが検討され、試料の下にレンズを置く方式で大きな試料をいれられる ゴニオメーターと両立出来るレンズを考える人がいなかったことは残念な ことでした。

もう一つ気になるのが、対物レンズと試料の間にある鉄片です。これは、 対物レンズの一部で、らせん運動をして巻き上がって来た2次電子を通して、 直ぐに2次電子検出器に入れるために、対物レンズに図5に示す日本電子製の レンズのような非軸対称な孔を明けるのを嫌って、レンズを一部切り分けて、 非対称部分を作らないように配慮して、2次電子検出器に下から巻き上がって 来た2次電子を検出器に入れてやるために分割したものと思われますが、なにか 全体の性能を損なうもののように思われてなりません。 松定さんは、電源の会社でしたすから、技術部門の大部分の人達は、電気屋 さんではないかと推察しますが、そうであれば、対物レンズを図3のように 分割して、横の方に無理やり2次電子検出器を置くのではなく、中心軸上に 孔の明いた2次電子検出器を開発されて、対物レンズの光軸上の穴の中に入る 2次電子検出器を新たに開発し、1次ビームは、中心軸上の穴の中を通り、 対物レンズの孔に入り込んで登って来た2次電子は、そのまま光軸上で 二次電子検出器に入り込むように全体の設計を変えれば、2次電子は対物 レンズに吸い込まれたら直ぐに検出器に入るように、装置の軸対称性を 崩さないようにして検出できるのではないでしょうか。二次電子は、 対物レンズに吸い込まれても、そのレンズの上にまで引き上げなくて、 吸い込まれたらすぐに検出するように心がければ、その出発点や角度を 忘れないで検出されるため、SEMらしい3次元画像が得られるのではない でしょうか。2次電子は、出来るだけ沢山検出するのではなく、放出 位置や角度によって、検出されたり、されなかったりする方が、3次 元的な立体像が得られやすくなることを忘れずに設計すべきです。
2022/02/02

対物レンズと試料の関係。

図1.磁場フリー(左)、インレンズ(中)、セミインレンズ(右)3種類の 対物レンズと試料の関係。

図2.ZeissのSEM, Geminiの特許図面。
図3.松定SEMの対物レンズ、2次電子検出器の断面図。

図4.日立のimmersion(磁場浸潤型)レンズと2次電子の軌道。図では、レンズコイルと、 鉄心がひと続きに描かれていたり、2次電子をらせん運動させるためのレンズの孔の 中のソレノイドコイルが省略されているため、2次電子がらせん運動をしながら昇って いくための磁場が何処から供給されるのかわからず、実際にはあり得ない図になって いる。

図5. 日本電子の対物レンズ。検出器が対物レンズ(OL)の下の方に 差し込まれており、OLの中に吸い込まれはしても、比較的早く 検出しており、松定SEMの磁場浸潤型の方の構成と比較的似ている。

図6. MulveyのSingle Pole Pieceのアイデアは引き継いで、ただ、 レンズと試料を載せるゴニオメーターとレンズが干渉しないように、 レンズを上からつるす方式に変えたレンズ。当時、セイコー電子にいた 米澤によって考案された。

図7. Mulvey Lens。このレンズは、Mulveyらによって、1985年にTEM 用として発表されたが、多くの人達が、SEM用として考えたが、試料 ホルダーとの干渉のため、商品としては使用されなかった。従って、 今回の松定による採用が商品として、最初の応用になる。

図8. 磁場浸潤レンズ(上)と磁場フリーレンズ(下)。

図9. 3磁極投影レンズの例。但し、コイルではなく、永久磁石使用。

引用文献


1. 1. 松定SEM
2. 米澤SinglePolePieceLens
3. 走査電子顕微鏡の原理と応用、日立ハイテク、渡部俊哉、 精密工学会誌 vol77 No.11 (2011) 1021">