EOS津野
電子光学講座
SEMの対物レンズはTEM/STEMに比べてはるかにバラエティに富んでいます。試料についての要求、検出器の都合、 いろいろの点がSEMのレンズに制約を加え、また新たな発展を促してきました。電子光学の立場からもいろいろ 面白い点が沢山あります。TEM/STEMのレンズのようなイマージョン型のレンズが長い間なぜSEMで使えなかったのか、 試料にビームが当たる前に加速電圧を下げて使うリターディング型はどんな利点あるいは欠点があるのか。 リターディングレンズで収差を小さくする条件は何なのか。そういった点についてお話していきます。

走査型電子顕微鏡(SEM)の磁場中試料位置

図1には、SEMで用いられている典型的な電子レンズの二つの型を示しています。左側はConventional と呼ばれています。普通のレンズということです。右側がSemiInlensと呼ばれています。レンズの磁場の中 に試料が入り込んでいる方式です。光の顕微鏡では浸潤型と呼ばれています。光のレンズの場合は、レンズ はガラスですから試料をその中に入れることはできないわけですが、レンズと試料を水に浸すことによって、 水がレンズの続きの役割を果たしてくれているわけです。半導体の製造装置・リソグラフィー 装置では、回路の線幅を狭めるための方策として、浸潤型のレンズが採用されています。半導体の進歩に 対して、その検査装置の性能が追い付かないようでは大変ですから、磁場浸潤型の対物レンズを使って、 とにかく、空間分解能優先で行かなければなりません。しかしながら、問題点としては、収差補正が。 SEMでは必ずしも、うまくいかないという点がありました。この点に関しては、入射電子の試料内部 への潜り込みの深さの点から、結晶格子が見えなくても仕方がないという点から、SEMでは、収差補正を 必要とするような試料が、半導体試料やある種の薬物のように、サイズ効果によって、新たな性質が 生まれるような人工生成物以外、収差補正を必要とするような観察対象が存在しないという風に考え られてきたのですが、最近、2次電子をその検出のため、対物レンズの上まで持ち上げるための磁場 の存在が、収差補正器の効きを邪魔しているのではないかという考え方も出てきています。そうだと しますと、新たに、電源屋さんから、SEM市場に参入されてきた、松定さんのSEMがこの2次電子 の巻き上げ機構を必要としていないので、収差補正がうまくいくSEMを偶然にも提案している のではないかという考えも浮かんできています。しかし、今のところ、松定さんのSEMはまだ、 多くの問題点を抱えており、とても、収差補正にまで手が出ないのではないかと思われますので、 どなたか、SEMの検査装置への応用を手掛けておられて、収差補正を実現する必要がある方は、 松定さんのSEMを用いて収差補正に取り組まれてはいかがかと思います。

試料を対物レンズの磁場の中に入れて使う方式はTEMでは当たり前に使われてきました。TEMの場合は、 電子顕微鏡開発のごく初期にはコンベンショナル型に相当する試料をレンズの下に置く方式も使われ ましたが、すぐに試料を磁場の中に入れるイマージョン方式に移り変わりました。電子顕微鏡開発の 初期には、多くのメーカーが参入してきたわけですが、レンズとして電場を採用した全てのメーカーが 撤退し、磁場を選んだメーカーだけが残りました。電場の中に試料を入れることが出来なかったから です。しかしながら、SEMに関しては、長い間、試料は磁場の外に置かれてきました。試料がレンズの 磁場の中に入っているほうが、レンズの外に置かれるよりも収差が小さく、顕微鏡としての分解能が 高くなるわけですが、SEMでは長い間ほとんどConventional型の対物レンズが使われてきました。その 理由は、2次電子検出の都合からだったのですが、やがて、SEM機能が当時日本電子にいた小池によって TEM装置のアタッチメントとして組みこまれ、その場合は、試料は磁場中に置かれたままで、二次電子は レンズ磁場の中を螺旋運動をして巻き上がって行って、検出器に入って行ったのでした。やがて、この 方式はSEMにも採用され、高空間分解能SEMでは、一般的な二次電子検出方式となったのです。  高分解能ということで、TEMで使われていたレンズをそのまま使って小さな試料に限定はされますが、 浸潤型のレンズも1980年代に使われるようになりました。これはin-lens方式と呼ばれています。図1の 二つの型の間にインレンズ入れた場合を図2に示しました。このインレンズ方式は今でもSEMで一番高い 空間分解能が得られる方式として市場に出ています。SEMで使われている浸潤型のレンズがセミインレンズ 方式と呼ばれているのはレンズの二つの磁極が共に同じ方向にあって、試料を挟み込んでいないからだと 思われます。

図3に、SEMの対物レンズとして試料に磁場のかからない、いわゆるコンベンションるレンズを用いた場合 の概略の装置構成を示します。対物レンズと試料の間の左に二次電子検出器があります。これは、シンチ レーターとフォトマルチプライヤーで構成されています。まず、検出器の先端から数100V程度の弱い電圧 が試料に向かってかけられます。二次電子を効率よく集めるためです。集められた二次電子は8~10kV程度 の電圧で加速されて、蛍光体に当たり、光に変えられます。シンチレーターの後ろには光電子増倍管があり 、一旦光に代わった電子は再び電子に置き換えられて増幅されます。一旦光に変換される理由は電子を そのまま増幅する装置が見当たらず光電子増倍管は、光として入ってきた信号を増幅する装置だったからと 思われます。この方式の検出器は、エバハート・ソーンリー型検出器と今でも呼ばれています。Eveheartらは、Thornleyも SEMの開発者であったケンブリッジ大学のOatley先生のお弟子さんたちです。Oatleyは、のちにSirの称号を 与えられましたので、サー・チャールスと呼ばれています。彼のお弟子さんたちは団結力が強く、今でも 10年毎には集まりを持っているようです。私も、サーチャールスの80歳の記念講演会にそれとは知らずに 参加させてもらって驚いた記憶があります。数多くの有名になったお弟子さんたちの中で、このお二人の 名前だけが今でも二次電子検出器の名前として、サー・チャールスの存在も知らない人でも、エバハート・ ソーンリー検出器の名前は知っているというのが現状です。

話が逸れましたが、それではどうしてエバハート・ソーンリー検出器を使うと、セミインレンズ型の 対物レンズが使えなくなるかといいますと、試料に磁場がかかっていますと、試料から出た二次電子は 数ボルト程度の電圧でふらふらと試料から出てきますので、このレンズの磁場に捕まえられて、螺旋 運動をしながら、磁力線に沿って上にあがって行き、対物レンズの穴の中に吸い込まれてしまいます。 磁気ボトルとか、磁場ミラーと呼ばれる現象が実はここで起こっています。試料から大きな角度で放出 された二次電子は、磁場分布の強度が一番強くなる位置から先に進むことができず途中で引き返して しまいます。つまり、磁場は二次電子に対して半透明のミラーになっているわけです。図4のSpecimen と書かれた位置よりも下にも軌道が描かれているのが、このミラーで戻ったビームで、実際には試料に 吸収されてしまうわけです。

これで、いくらエバハートソーンリー検出器に強電場をかけても、二次電子を集めることができなくな るわけです。それでも、シュノーケル型の高分解能レンズへの要求は特に1980年代から1990年代にかけての 低加速電圧SEMへの移行に関連して低加速電圧でも解像度の高いSEMの必要性から研究が進みました。 解決策は、エバハート・ソーンリーデテクターを対物レンズの上に置くという方法でした。 磁束線に絡みついて対物レンズの中に入った二次電子はレンズの中では急に磁場がなくなりますので、 ばらばらになってレンズの穴の淵に吸い込まれてしまいます。これを防いで、対物レンズの上まで 二次電子を引き上げるには、二段以上の電極を用いるか、ソレノイドコイルを入れて、ゆるく巻き上げを 継続させます。

対物レンズの上にまで達した二次電子を捕まえるためには、先ほどと同じエバハート・ソーンリー検出器 を使いますが、対物レンズの上で検出器に高電圧をかけてしまいますと、対物レンズに入る前の電子軌道 が乱れ、レンズ作用にも悪影響を及ぼしますので、これを防ぐために、電子軌道上にウィーンフィルタを 使ったビームセパレーターを置きます。ビームセパレーターというのは、一次ビームを直進させ、二次ビ ームを90°曲げてやることのできる光学系です。このビームセパレーターによって、曲げられた二次電子が 検出器に向かって飛んでいきますので、これに電圧をかけて加速して検出器にぶつけてやります。 こうして、試料に磁場のかかるセミインレンズを使っても二次電子を検出できるようになりました。
この二次電子検出方式は、それほど簡単ではなかったこともあり、すべてのメーカーで実施しているわけ ではありません。日本電子では対物レンズの試料に近い側に穴をあけて、検出器を差し込んでいます(各種 SEM における電子の検出法と像の見え方の違い, 小野昭成、柴田昌照、顕微鏡 vol43,No.3(2008)P.162) 。この方式では、対物レンズに穴がありますから<ヨーク材料が磁気飽和すれば、非点の原因になって しまいますので充分な注意が払われているものと思われます。
松定社の新しい装置によりますと、試料に磁場をかけて、2次電子を吸い上げても、対物レンズの上まで、 これを引っ張り上げずに直ぐに検出すれば、2次電子の立体的なコントラストは失われずに、無磁場空間 で二次電子を発生させた場合には及ばないまでも、ある程度の立体感を残した像にすることが出来る ことはシミュレーションでも示されておりましたし、新規の松定のSEMでも実証されているようですので、 高空間分解能優先の装置においては、無理をして二次電子を対物レンズの上まで持ち上げずに、対物 レンズに吸い込まれた直ぐに検出して、立体感の残った像を得るようにした方が良いのではないかと いう気がしてきています。私は、だいぶ前に対物レンズの中を二次電子が登っていく様子をシミュレー ションした時に、このことに気づいていたのですが、その時は、日立の方式を真似することに必死で、 二次電子を対物レンズの上まで持ち上げると、せっかくのコントラストが消えてしまうことに気づき ながら、松定のSEMが発売になるまで、二次電子は、対物レンズの上まで持ち上げるのではなく、対物 レンズに吸い込まれたら、なるべく早く検出すべきであったことに気が付かなかったのでした。そして、 悔しいことに、その時計算した二次電子軌道のシミュレーション結果も、その全部をなくしてしまった そのため、再び、その計算を繰り返さない限り、皆さんにお目にかけることもできないわけです。

図1. コンベンショナル型(左)とセミインレンズ型(右)のSEM用レンズ

図2. 3種類の典型的SEM対物レンズ。(a). コンベンショナルタイプ。(b). インレンズ型(TEM型)、 (c). セミインレンズ型。

図3. 磁場フリー対物レンズの場合の二次電子検出。二次電子検出器は、対物レンズ下面 と試料の間に置かれている。

図4. イマージョンレンズ内の二次電子軌道。二次電子は、螺旋運動をしながら、対物レンズの孔の 中に、吸い込まれていく。

図5. 対物レンズの上に設置された二次電子検出器とビームセパレータ(日立方式)。 赤い長方形は、磁極を表している。右側のメッシュは電極を表している。左右の電極と、 上下の磁極で、ウィーンフィルタを構成し、上から走ってくる一次の電子ビームは、Wien条件 を満たして直進し、下から上って来る二次電子はこれを満たさないため、偏向して、検出器に 向かうように電場と磁場の値を調節しておく。この日立のWienフィルタが本邦で最初に 使われたWienフィルタでありまた、現在、最大の出荷数を誇るウィーンフィルタでもある。

図6. 磁束線に絡まって対物レンズに入った二次電子を対物レンズの上まで引き 上げる電極と、二次電子の軌道。
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作成日 2012/02/02  改定 2018/05/19, 2021/07/16, 2021/12/05

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