EOS津野
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SEMの対物レンズと2次電子の検出器の関係について、その歴史も含めてお話しします。SEMは戦時中に ドイツで、電子顕微鏡に関する本で有名なアルデンネによって開発されていましたが、空襲によって破壊 されてしまったとも言われていました。ただ、現在のSEMに通ずる走査電子顕微鏡を開発した、イギリス ・ケンブリッジ大学のサー・チャールス・オートレイらは、それは現在では、STEMと呼ばれている ビームスキャンはするものの、透過型の電子顕微鏡であったと主張しています。ここでは、オートレイらの 開発したSEMから発展した現代のSEMついて詳しく説明し、日本での生産開始などにも触れていきます。SEMは、 現在でもなお発展を続けている電子顕微鏡であり、その点、空間分解能のレンズ単独での最終点まで到達し、 収差補正器の導入によって、低加速電圧では波長による分解能限界を見据えるまでに発展した透過型電子 顕微鏡とは異なっています。最近のSEMの話題としては、Zeissタイプのコントラスト重視で行くために、 あくまでも試料を無磁場空間に置くか、それとも、空間分解能を向上させ続けることを迫る半導体検査 装置に代表されるように、次々に微細化を迫る人工生成物への観察に対応出来る空間分解能を優先 させる日立方式、そして、両方式を一台のSEMで実現しようとした新規参入の松定方式など、豊富な 話題を抱えています。これらの3種のSEMにつきましては、ここでは軽く触れるだけで、SEMに関する 全体の説明の中で詳しく述べていくことにします。

SEMの歴史(対物レンズと検出器)

1.簡単なSEM開発の歴史

第2次世界大戦中にアルデンネはSEM開発を行っていたと主張する人たちもいました。 しかし、その装置は空襲で破壊されてしまいました。アルデンネの本「超電子顕微鏡」は戦時中 日本に持ち込まれ、即座に翻訳・出版され、日本の電子顕微鏡開発の黎明期に役立ちました。 戦時中レーダーの研究をしていたオートレーはケンブリッジ大学に戻るとSEMの開発を始め ました。オートレーの二番弟子スミスが自分の開発したSEMをカナダのパルプ会社に納入、 そのまま一年間そこに滞在しました。この時、同じ場所に反射電子顕微鏡の納入に来て いた日本電子の野口(故人)がその像の素晴らしさにびっくりして本社に報告したことで、 日本電子でもSEMの開発が始まりました。ケンブリッジでのSEMの商品化には イギリスの電子顕微鏡各社が非協力的でした。当時、TEMではレプリカ法が全盛で、SEM像は、 TEMのレプリカ像と似たもっと分解能の低い像しか取れなかったため、商品化の動機付けが 難しかったと言われています。同じケンブリッジで遺伝学のダーウィンの甥が始めた ケンブリッジインスツルメント社によって、ようやくSEMの商品化が行われました。半年 遅れただけで、日本電子でも商品化に成功しました。ケンブリッジから何の技術指導も 受けなかった日本電子の商品化がわずか半年の遅れで成し遂げられたことに対し、スミス の評価が高かったようでした。
ケンブリッジでのSEM商品化の陰には、フランスでのキャスターンらによるEPMA( Electron Probe Micro Analysis)の開発とカメカなどによる商品化がありました。 の開発とカメカなどによる商品化がありました。 EPMAは最初試料スキャンで像を作ることが行われていましたが、ビームスキャン にすればSEM+分析装置になってしまうことから、SEMの商品化が急がれたという 事情もありました。EPMAは最初試料スキャンで像を作ることが行われていましたが、ビーム スキャンにすれば SEM+分析装置になってしまうことから、SEMの商品化が急がれたという事情 もありました。SEMが電気屋さんによる開発、EPMAは物理屋さんによる開発でした。ちなみに、 TEMは生物屋さんに電気屋さんが協力して完成したものであり、TEMと一体化された 電子回折装置は物理屋による開発でした。

サー チャールス オートレイは今では故人となられましたが、そのお弟子さん たちの団結力はすさまじく時々集会を開いておられましたが、SEM開発の全てに ついて本にまとめています{1]。
日本におけるSEMの商業生産の始まりは、出版された本としては出ておりませんが、 そのきっかけについては日本電子の川崎さんから聞いた話として短く紹介されて います[2]。
日本電子の野口さんがカナダのパルプ会社に反射電子顕微鏡を納入していた時、 隣の部屋で、SEMを動かしていたDr. Smithの観察していた像を見せてもらって そのあまりにも素晴らしさに驚いて急ぎ本社に報告したと言うのが、日本に おけるSEM開発のきっかけになったということでした。Smithが感心した ことは、Cambridge InstrumentからのSEMの発売にわずか半年遅れで、 日本製のSEMが発売されたということで、自分たちの指導を何も受けなかった 会社で、それだけの速さで、SEMが開発できたことに対して敬意を払ってくれた ということでした。しかしながら、この話にも矛盾があります。それは、 オートレイらのSEM像は、TEMのレプリカ像と同じようなものであって、分解能は、 TEMのレプリカ像に及ばなかったということがSEMの商業生産が始められなかった 理由とされているのに、なぜ野口はその像を見てそのきれいさにびっくりした のでしょうか。野口は、日本電子の社員でしたから、TEMのレプリカ像はたくさん 見ていたはずです。それなのに、イギリス人たちはSEM像はレプリカ像に及ばない と言って、SEMの商業生産に消極的だったのに、なぜ野口はその像の見事さに 圧倒されたのでしょうか。これは疑問ですが、私の経験からすると、SEM像の 立体感はレプリカ像のそれよりも私も素晴らしいと思います。レプリカ像の 方が良いからSEMはいらないというのは、此方の方がこじつけのような 気がします。イギリスの会社がSEMの商業生産に消極的だった原因に別の ものがあったのではないでしょうか。
 日本電子でSEM開発に成功したのは、三人組と呼ばれた、紀本、橋本、佐藤 さんたちでした。このうち、紀本さんは、八王子にアプコ社というSEM関連の 個別の製品や部品を一品料理で開発、販売する会社を作って独立し、その会社 の社長は何代か交代し、今では小粥さんという女性が社長をしておられます。 二代目社長だった斎藤さんとは、日本電子の同期入社で、親しくさせて いただいていましたので、私は定年後、コンサルタント業を始めたとき、 自分で設計した部品などを何回か、作っていだきました。日本における SEM開発の歴史につきましては、アプコ社さんで責任を持ってまとめて いただければと期待しています。

2.SEM用対物レンズと二次電子検出器のいろいろ

SEMの対物レンズには次の3種が主要なもので、それぞれに対応した二次電子の検出方式があります。

2.1. Conventional lens。 図2左

これは、試料には磁場がかからないレンズです。試料が磁場の中に入る方が分解能的には優れて いますが、試料を磁場の外に置かなければならない理由は、このレンズに対応する検出器は試料と レンズの間の空間に置かれているからです。エバハート・ソーンリー(ET)型と呼ばれている検出器 でケンブリッジ大学のオートレイ教授のもとで、検出器名になった二人の学生によって開発され ました。

図1.サーチャールスとケンブリッジSEM開発に関する本。

図2. SEMの対物レンズと二次電子検出器の関係を示す、3種の型。

図3.ビームセパレータと2次電子検出器。

図4. シュノーケルレンズ

図5.Mulveyのシングルポールレンズ。

図6.TangのSideGapLens。
br>文献
[1]. Academic Press Advances in IMAGING and ELECTRON PHYSICS
Volume 133, Pages 1-576 (2004) Sir Charles Oatley and the Scanning Electron Microscope
Edited by Bernard C. Breton, Dennis McMullan, and Kenneth C.A. Smith
ISBN: 978-0-12-014775-5 {2}. Surface and INTERFACE ANALYSIS 2006 38, 1738-1742
The early history and future of the SEM
Oliver C. Wells and C. Joy
[3]. Mulvey T: Proc. 8th Int. Conf. Electron Microsc., Canberra, 19174, Vol.1, p.16

2.2. Magnetic Immersion Lens 磁場浸潤型。図2中

これは、試料を磁場中に置く方式です。二次電子は磁束に沿ってレンズの中をらせん運動 をしながらポールピースの穴に吸い込まれていきますので、対物レンズの上部に検出器を 置く必要があります。ウィーン型ビームセパレータによって鏡筒の側面に二次電子を導き 、ET検出器で検出します。日立で主に用いられています。対物レンズの下でET検出器に10kV の電圧をかけて二次電子の収集を行っても、レンズの光軸を狂わせることはありませんが、 対物レンズの手前で、検出器に二次電子収集のための電圧をかけてしまいますと、対物 レンズに入射する一次ビームの光軸が狂ってしまいますので、ビームセパレータを用いて、 二次電子を鏡筒の外に導いてから、ET検出器に入れているのです。右の図は基本的には真ん中 の図と同じなのですが、大きな試料を使うために、試料はレンズの外に出し、それでも試料に 磁場がかかるように作られたレンズで、このための色々なレンズ形状がいろいろ提案されています。
ウィーン・フィルタを用いたビームセパレーターを図3に示しています。ウィーン・フィルタは 、電場Eと磁場Bの間にE=vB 即ち荷電粒子の速度vを挟んだ関係にある時、ビームは直進します。 このことは、速度vの符号が違えば片方の向きで、このWien条件を満たすように設定すれば、 同じビームを反対向きに走らせたときには、Wien条件は満たされませんので、ビームは直進 出来ず曲がってしまいます。つまり、電子ビームの進む向きによってその進む方向を振り 分けるビームセパレータとして利用することが出来ます。しかも、その時に一方のビームは 直進で、もう一方が曲げられることになるという点が、電場や磁場だけを使って同じことを やろうとしたときに比べた利点となります。

2.3. Retarding field lens。Booster 図2右 

 減速型。加速電圧を試料の直前で低くするタイプ。絶縁体、半導体試料観察の必要性から 低加速化されていきました。対物レンズと試料間でのみ加速電圧を下げることによって、 置全体が低加速化によって性能が劣化することを防いでいます。この図だけからは、このような 使い方ではなく、対物レンズの磁場を試料に漏らして、磁場浸潤型にした場合も考えられます。 二次電子はこの場合も鏡筒内を登っていきますので、一次ビームを通過させるための孔の明いた 半導体インレンズ検出器を光軸上に配置します。この方式は、多くのSEMで実用化されています。

3. 磁場浸潤型レンズと スルーザレンズ検出器。

1. TEMでは早い時期に磁場浸潤型レンズの使用による分解能の飛躍的向上が図られ、電場レ ンズとの性能の差がはっきりとし、電場レンズを選択した電子顕微鏡メーカーの撤退の原因 にもなりましたが、SEMではConventionalと呼ばれる、試料に磁場のかからないタイプの対物 レンズが使われ続けました。その理由は検出器にありました。
2. やがて、TemScanと呼ばれる、TEMにビーム走査機能を付けてSEMやSTEM像を観察できる 装置が現れました。ここでは、SEMの検出器は対物レンズの上部に取り付けられました。
3. 対物レンズの上に検出器を置くタイプはスルーザレンズ方式と呼ばれ、装置もインレンズ SEMと汎用SEMの合体したタイプが作られるようになりました。
4. FEGの登場でインレンズSEMが力を失うと、磁場浸潤型レンズとして、大きな試料を入れ られる方式が模索されました。
5. スルーザレンズ検出器としては、日立のウィーン型ビームセパレータとエバハート・ ソーンリー検出器による方式(図3)と、Zeissによるインレンズ検出器方式が代表的です。
スルーザレンズ方式の検出器の問題点はET検出器に加える電場10kVが一次ビームの軌道を 乱すことにありました。つまり、この乱れが対物レンズの上で起こると、対物レンズの軸が 狂って性能に影響すると言う事情にありました。しかし、レンズの下に検出器が置かれれば、 10kVの電圧を検出器にかけて、二次電子を集めても、レンズの軸には影響せず、像がシフト するだけで済んだわけです。これかがレンズより上にET検出器を置く日立の方式で、光軸上に Wienフィルタを使ったビームセパレータを置いて、検出器を光軸上から離した理由でした。

In-lens方式のSEMは、当時日本電子にいた小池によって開発されました。TEM-SCANと 呼ばれ、STEMとSEMの機能がありました。やがてin-lens-SEMの機能だけが分離して高 分解能SEMとして発売され、通常SEMとのダブル試料室を備えるSEMが発達しましたが、 フィールド・エミッション方式の電子銃FEGの普及によってin-lens-SEMの多くは消滅 しました。しかし、日立では最高分解能のSEMとして残り、収差補正SEMが高加速電圧 を実現できなかったことから、収差補正SEMが出た後も最高分解能を維持し続けました。 TEMでは高加速電圧で収差補正に成功したにも関わらず、SEMで高加速電圧が出来な かった理由は、SEMでは色収差の補正が本質的に重要だったことにあります。TEMでは 最初、色収差の補整が困難であったため、それがいらないSTWEMが使われ、やがて モノクロメーターを使って、エネルギー幅を狭くする方法でTEMでも使えるようになり、 さらに低加速電圧でなら色収差の補正も出来るようになると、低加速で高分解能に 挑戦できるようになっていきました。

4. 大きな試料サイズと磁場浸潤レンズの両立を目指したレンズ開発

> 1. シュノーケルレンズ 図4 励磁コイルを小さくして、磁気ヨークの半分がないようなレンズにすると収差係数 を小さくするのに適した磁界分布が実現されます。励磁コイルは強制冷却されて小さい ため、直径10cmのレンズでも1000kVの顕微鏡に取り付けられます[3]。

> 2. MulveyのSingle Pole Lens 図5 MulveyはもともとTEMの対物レンズあるいは投影レンズへの応用を意識して考案した ものでしたが、TEMへは使われず、もっぱらSEMへの応用が研究されました。現在は、 SEMへの応用もアンペアターンが過大となること、試料ステージに磁性体が使えない ことなどからSEMにも用いられなくなりましたが、特別の理由から、PEEM装置で商品 化されています。 図5は私が設計した、MulveyのSinglePoleLensです。用途は、ポジトロンSEMと言い まして、普通のSEMに使われるものではなく、使用される電子は極性がマイナスでは なく、プラスを持つ特別の電子に対して用いられるSEMです。 鉄鋼中の空孔で電子と陽電子が対消滅し、γ線を発生します。このγ線を検出する ことで、鉄鋼内の空孔分布を測定します。このSEMの面白い所は、真空中にあるのは 試料までで、対物レンズと検出器は大気中に置かれていることです。検出器を出来る だけ試料に近付けるため、対物レンズの内側磁極に大きな穴を明けて検出器を入れ ています。対物レンズの磁場はまさに試料の下からかかり、その意味ではMulveyの 最初の提案に忠実ですが、反対側の磁極をきちんと設けている点が、Mulveyの提案 から外れていおり、むしろこの後で説明するTangのSide Gap Lensに近いものに なっています。

> 3. TangのSide gap Lens  図6 同じ目的で、ギャップを光軸上に作らず、外向きに作ったレンズです。 いずれも、ギャップが光軸方向を向いておらず、磁場が試料にかかるように工夫 されています。ギャップは狭いですから必要なアンペアターンは大きくはありません。 Mulveyのシングルポールレンズが提案されてから、同じ目的で、アンペア・ターンを 少なくする工夫がいろいろなされました。このレンズがその行き着いた先にあるレンズ だと言えるかもしれません。
作成日 2014/05/10 修正 2018/05/19, 2019/03/28, 2021/07/13, 2021/11/17
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