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EOS津野
電子光学講座
Contact: tsuno6@hotmail.com
試料に磁場のかかる磁場浸潤レンズの開発競争はその目的も単純でわかりやすく、検出器との関係も それほど込み入ったものではありませんでした。しかし、ここでご紹介するリターディング 法を利用した低加速電圧SEMは、その対応がいろいろでその開発が1990年代から盛んに行われた にも拘らず、いまだにすっきりと纏めることが出来ないほど複雑です。方法もいろいろあります。 試料をアース電位に置かなければならない場合もあり、高電圧上においても良い場合もあります。 磁気回路の一部を高電圧中に置くため、ヨークを分断して間にギャップを設ける場合と、高電圧上にパイプ を入れて、磁気回路はあくまでもアース電位上に置く場合もあります。試料傾斜をするために試料とそれと 向き合う電極の間は同電位にしなければならない制約がある場合もあります。いろいろな問題があり、 メーカーによって、機種によって違いがあります。いろいろな対応を見ていきましょう。

低加速SEM用リターディングレンズ

絶縁体や半導体の観察に必要な低加 速電圧は電子ビームが試料にぶつかる時にだけ必要なことで、電子銃から対物レンズまでの 間に要求されていることではありません。そこで、対物レンズと試料の間で電子ビームを減速 して試料に電子がぶつかる時だけ低加速電圧にすることが出来るリターディング法が研究さ れました。もう一つ、最近になって重要視されてきたことは、この 一次ビームにとっての減速作用が二次電子に対しては加速場として働くことで、二次電子を 加速して対物レンズの上部につけた検出器に持ち込むことが行われ、従来のET検出器に入る 電子とのバランスをとるためにも使われています。検出器とレンズとの関係については SEMのところでお話します。 表Iに示しますように、SEMは電場レンズと磁場レンズのいずれをも利用し、さらにその場を 試料に及ぼすかどうかにもバラエティーがあります。他の電子顕微鏡では電子レンズ との関係は固定され、その範囲で最大の性能を示すように工夫する ことが求められましたが、SEMは大きな自由度を持った装置と言うことができます。

リターディング法の低加速電圧SEMへの応用の歴史については、MullerovaさんとLencさんが 1992年に解説を書いておられます[文献1]。この文献によれば、最初にリターディング法で SEMを作ったのは1942年のZworykinらだそうです。この年はアルデンネも 彼独自のSEM(STEM?)を作った頃です。Mullerovaさんの解説では、1992年には 低加速電圧SEMはまだ商業生産されていなかったそうです。

リターディング法の開発はケンブリッジのSEMグループでは1968年に始まっており、PadenとNixon[ 文献2]が色々な場合について試みていました。系統的な研究はYau, Peaseら[文献3]によって 行われました。この文献の2番目の著者PeaseはNixonと同窓の ケンブリッジOatleyのお弟子さんであり、アメリカの大学に移られてSEMの研究を続けられました。 一方、ZeissのSEMの基本形となった高電圧に置かれたブースターと呼ばれる パイプを用いた低加速電圧SEMはもともとシーメンスにいたFrosienとPlies[文献4]によって開発されました。 Frosienはシーメンスの電子顕微鏡事業からの撤退に伴いICT社を興してそこに移り、自ら開発した 低加速SEMを半導体検査装置用の鏡筒として用いる事業を始めました。一方、Pliesはシーメンスが リソグラフィー装置を含む電子ビーム事業の全てから撤退するまでシーメンスに残りましたが、やが てチュービンゲン大学に移り、ブースター式低加速電圧SEMやそのほかの電子光学機器開発の研究を 行いました。このように、リターディングSEMの研究はケンブリッジで始まり、 シーメンズに舞台を移し、そこから半導体装置関係はICT、汎用SEMはZeissにと 引き継がれ、研究はチュービンゲン大学で続けられたわけです。

リターディング対物レンズの形状としては図1のような二つの方式があります。左側のレンズ[文献5] は、主として日本で採用され、日立から半導体検査装置として販売されたタイプです。磁場レンズ のヨークを分断し、高電圧が掛かる部分とアース電位に置く必要のあるコイル部分に分けることが 出来ます。コイルも高電圧上に置くとなると、その電源、冷却機構まで高電圧に置かなければなら なくなります。このため、磁気回路の一部を高電圧 上に置く場合には、磁気回路を分断することが必要になるわけです。 これに対して右のレンズ[文献4]では、パイプ(ブースター)を通してその中だけを高電圧にし、 レンズはアース電 位上に置きます。左側のレンズの方がレンズ性能を最適化するためには優れていますが、右側 のレンズは簡単であり、色々なバラエティーを作ることが出来る利点があります。

図1にはレンズの形状のほかに、磁場分布(上側)と電場分布(下側)も示してありますが、左の図の 場合、磁場は試料のセミインレンズになって いますので、磁場は試料にかかっていますが、電場は2枚の磁極の間に形成されています。 これに対して、右側のブースター方式では、パイプと試料の間に高電圧が かかるようにパイプが伸びており、磁場は二枚の磁極の間だけで試料に磁場はかからない コンベンショナル型が使われています。ただ、[文献3]で紹介したZeissのSEMでは、この図と 同じではなく、電場も二枚の磁極の間に対応する位置にだけかかるようにもっと引っ込んだ 所にパイプの先端が来ています。

電場、磁場と試料との関係は図2~4に示す3つのタイプに分かれます。図1に 示したのは図2の電場も磁場も試料にかかるタイプですが、それだけではなく、図3のように 電場は試料にかからず磁場だけの場合と、図4のように、電場のみならず、磁場も試料にか からないように工夫されたレンズも見られます。図2の型は、レンズの収差を最も小さくで きる場合で、何よりもレンズの性能が優先されるような使い方がなされる場合に選択され ます。この場合に相当するのが、半導体検査SEN(CDSEM)です。半導体の線幅は毎年のように 細くなっています。その開発スピードに遅れないように検査装置の空間分解能も上がって いかなければなりませんでした。幸い、半導体は真平らで、試料傾斜も必要ありません でしたので、レンズと試料の間に電場も磁場もかかってかまいませんでした。場合によっては、 試料を高電圧中においても良く、その場合には、レンズヨークを分断する必要もなくなります。

これに対し、汎用SEMと呼ばれている一般的なSEMでは、試料傾斜に対する要求が強く あります。試料と対物レンズの間に強い電場が掛っていると試料を傾斜することが出来なく なります。これを防ぐために、試料に電場をかけないようにし、電子の減速は対物レンズの 中で終わらせて、レンズの電極(磁極)は試料と同じアース電位に置くと 言うことが行われました。さらに、図4の場合には、鉄鋼やその他鉄を含む試料の観察時に 試料に磁場が掛っていますと観察が出来なくなります。これを防ぐために、試料に磁場もか からない、いわばコンベンショナルなレンズが求められることに答えたものです。このように SEMではTEMとは違ってレンズに求められる性能は空間分解能 一点張りではなく、実際的な試料のハンドリングのしやすさが大きな比重を占めて来ます。

それでは、リターディング型の電子レンズで収差が小さくできる秘密は何でしょうか。 電場が例えば30kVから1kVへと低くなった時に、レンズ作用はどこで起こるのでしょうか。 この答えは電圧の低いところでレンズ作用が起こると言うものです。つまり、電場レンズの作用と いうのは、電極と電極の中間位置にレンズがあるように働くものではないのです。電圧が低くなって、 電子の速度が遅くなったところでレンズ作用が強く生じます。従って、二枚の電極間のレンズ作用は、 電圧の弱い方の電極のところにあるわけで、電圧の高い電極付近では レンズの作用がないのです。図1の二つの場合で見てみますと、右側のレンズでは電場が落 ち込んでいる位置が磁場のピーク位置と近いところにありますが、右のレンズでは電場の落ち込みは 磁場も落ち込んだ低い位置にあります。この二つの場合を比べたときには、左側の レンズのほうが優れていることがわかります。しかし、右側のレンズでは、パイプの先端の位置は 磁場と無関係に移動できますので、先端を磁場のピーク位置に合わせることは出来るわけです。 ただ、これはあくまでも一次ビームの収差のことだけを考えた場合で、ブースターを試料から遠ざければ 二次電子のレンズ内への吸い込み方に影響が出てきます。検出器への二次電子の入り方も同時に 検討して実際の装置は設計されているものと期待されます。

磁場のかかり方も考えて見ましょう。電極と磁極は同じポールが使われていると しますと、磁場は電極の中間でピークを持つような分布になります。ところが、先ほど お話しましたように、レンズ作用は、電圧の低い方の電極付近だけで起こり、電圧の 高い方の電極付近では生じません。ということは、磁場は両電極にまたがって広い幅を 持ってかかっていますが、その幅広い磁場分布の中で、電圧の低い電極の付近の磁場 だけがレンズ作用に寄与することになります。つまり、電圧の低い電極付近だけの狭い範囲の磁場が レンズ作用を担うことになります。

図5にはコンベンショナル型の試料に磁場のかからないレンズから、セミインレンズ型 まで、レンズの外側ヨークの形状は変えずに外側と内側の磁極先端の 長さを変えるだけで磁場分布がどのように変わるかを示したものです。確かに コンベンショナルレンズではブロードな磁場分布を示しており、セミインレンズになると鋭い磁場分布が 得られています。コンベンショナル型のブロードな磁場分布に電場を重畳すれば、電場が弱くなった 所から左側だけの磁場分布がレンズとして作用しますので、今までブロードだった分布を鋭くして 使うことが出来ることがわかります。磁場の強さはアンペアターンを増やせば済みますし、リターディング 電場を加えると言うことは、フォーカスに必要な磁場も少なくて済みますので、電流も増す必要はない かもしれません。

これでわかったことは、リターディングを行うことによって、レンズ磁場はシャープに なり、そのために収差の低減が起こったのです。これが本当だとしますと、磁場は その最大値が、電圧の低い電極の上で最大値を持つような分布にした方がさらに収差を 小さくできることがわかります。このリターディングレンズの収差低減効果の説明を 考えられたのは、先に低加速電圧SEMのレビューを書かれた[文献1]、MullerovaさんとLencさんでした。 この説明は、学会のプロシーディングスにしか書いてありません[文献6]と思ったのですが、今読み 返して見ますと、確かに電場と磁場分布の図は載っていますが、上に述べた理屈は書いてありません。 とすると、私はMullerovaさんかLencさんのどちらかに直接聞いたのかもしれません。 Lencさんはその後チェコの民主化と共に、マサリク大学に移られ、理論物理の方に代わりました。 Mullerovaさんは、Frankさんと一緒にずっと超低加速電圧のSEMの研究を続けておられます。 お二人は日本にも何度もお見えになっておられます。1993年以降の論文にもこの理屈は一切 書かれていませんので、このアイデアはLencさんのものだったのだろうと想像されます。 あるいは私が彼らから聞いたと誤解していたものの、実は私のアイデアだったのかもしれません。 誰の考えだったのか今は闇ですが、この原理に従って電場と磁場の組み合わせ方を考えていただければ 分解能の高いレンズを設計することが出来ます。

もう一つ重要なのが対物レンズと検出器との関係です。一次ビームが減速されると言うこと は二次電子は加速されると言うことになります。例えば30kVの加速電圧のSEMを1kVに減速し て使う方法はいくつかありますが、例えば図6のようにします。まず、電子銃の陰極は-1kVに しておきます。アース電位にある試料に対してV1=1kVの加速電圧でビームをぶつけるためです。 次に、SEMの鏡筒の中を30kVの加速電圧でビームを通すために、陽極はV2=+29kVに上げておき ます。陽極から対物レンズの磁場ギャップの近くまで、このV2=の+29kV につながったパイプ(ブースター)を通します。対物レンズの最後の磁極はアース電位に置き ます。これでビームはコンデンサレンズと対物レンズの磁場の一部を30kVで通過することに なり、対物レンズの磁場分布の途中から1kVに減速され、試料に当たります。


表I. 電子レンズの電場・磁場と試料の関係を色々の電子顕微鏡の場合に示した表。

図1. リターディングレンズの2方式。(左)対物レンズヨークに直接電圧印加。(右)ブース ター方式。軸上にパイプを通して、パイプの中だけを高電圧にする。

図2.E, B重畳型。

図3. B浸潤、 Eフリー型。

図4. E, Bフリー型。

図5. コンベンショナル型からセミインレンズ型まで、外側磁極と内側磁極の長さを変えることによる 磁場分布の変化。

図6. ブースター方式の陰極、レンズ、試料の電圧。

文献

1. I. Mullerova, M. Lenc, Some approaches to low-voltage scanning electron microscopy, Ultramicroscopy 41 (1992) 399-410. 

2. R. S. Paden, W.C. Nixon, Retarding field scanning electron microscopy, J. Sci. Instrum. (J. Phys. E)(1968) Series 2 Vol 1, 1073-1080.

3. Y.W. Yau, R.F.W.Pease, A.A. Iranmanesh, K.J. Polasko, Generation and applications of finely focused beams of low-energy electrons, J. Vac. Sci. Technol. 19 (1981) 1048-1052.

4. J. Frosien, E. Plies, High performance electron optical column for testing ICs with submicrometer design rules, Microelectronic Engineering 7 (1987) 163-172. North-Holland.

5. Y. Ose, M. Ezumi, H. Todokoro, Improved CD-SEM optics with retarding and boosting electric fields, SPIE Conference on Metrology, Inspection and Process Control for Microlithography XIII. Santa Clala, Calfornia.March 1999, SPIE Vol. 3677 pp930-939.

6. I. Mullerova, M. Lenc, J. Fiser, The resolution in very low energy electron microscope - less nanometer than electronvolts?, Electron Microscopy vol. 1. Eurem 92, Granada, Spain (1992) 63-64.

7. H. Jaksch, J. P. Martin, High-resolution low-voltage SEM for true surface imaging and analysis, Fresenlus' J. Analytical Chemistry 353 (1995) 378-382.


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作成日 2014/01/02-->改定2014/09/20