EOS津野
電子光学講座

コンタクト eostsuno@yahoo.co.jp

透過電子顕微鏡(TEM)の電子レンズについては、収差補正の爆発的な普及で技術開発としては 終わりの時を迎えたかと思割れました。一方、SEMのレンズではレンズと検出器の関係からエバハート・ ソーンリー型検出器をあくまで使うために、試料とレンズの間に磁場も電場もかからないような 工夫がなされたり、対物レンズ内に二次電子を吸い込ませるタイプでは、検出器を複数使い、 エネルギーの選別を行い、画像に単なる形状の表現だけではない重みを付けたりする工夫が されています。一方、低加速電圧反射電子顕微鏡LEEM、光電子顕微鏡PEEMの電子レンズなど ではまだレンズの最良の設計もなされていない現状ではないかと思われます。こうしたなかで、 いろいろの用途の対物レンズについて何とかまとめることが出来ればと思っています。

電子レンズの用途別の特徴

電子顕微鏡の電子レンズを装置別に見てみますと、次のように分類できるかと思われます。

1. TEM/STEM(透過電子顕微鏡)用

強励磁磁気飽和レンズ。電子顕微鏡の発明者として知られるRuskaがシーメンス社に入社後 Rieckeと共に開発した狭いギャップと狭い穴径を持ち、テーパ角が60°付近の高分解能用 レンズ。これを磁気飽和させ、磁場分布をなだらかに落ちていくようにすることで、小さな 球面収差係数Csが実現しました。軸上色収差係数Ccは、磁場分布の半値幅が狭いほど小さな値を とりますすので、両者を最適にする兼ね合いが難しいことになります。しかし、これは磁気飽和 させて高磁場を発生させるレンズでは、強い最大磁場と狭い半値幅、そしてコイルを巻いて いるヨーク部分では、磁気飽和による漏れ磁場で、なだらかに減衰する磁場分布が実現 出来ます。しかし、磁気飽和を利用する場合には、漏れ磁場が鉄心材料の一様性に強く 依存しますので、使用する鉄材の製造に十分な注意が必要です。磁気特性だけ考えれば、 純鉄が良い材料なのですが、直ぐに結晶粒の粗大化が起こりやすく、危険な材料です。 特に、鉄は結晶磁気異方性が大きいため、結晶粒を細かくする必要があり、多少の磁気特性の 低下には目をつむって多少カーボンを含む鉄鋼材料を使う方が大量生産のため、材料の 鍛造比率も大きく、よくこなれた材料になっていますので、望ましいと言えます。

これに対して、強磁場発生用に使われるポールピースには、鉄とコバルトが半々に含まれる パーメンダーが使われますが、これは幸い結晶磁気異方性がほとんどゼロとなる材料なので、 この材料は高価なため、あまり用いられておらず、少量生産となるため、鍛造比率も取れず、 劣悪な環境の下で生産されたものしか入手できない可能性が高いですが、結晶粒が多少 大きくてもまた、その分布にばらつきがあっても問題なく使えます。

2. SEM(走査型電子顕微鏡)用

SEM用の対物レンズとしては、検出器との関係で、試料とレンズの間に磁場のかかるレンズと、 磁場のかからないレンズがあります。磁場が掛からないレンズを用いる場合には、対物レンズと 試料の間に置かれるエバハート・ソーンリー型検出器と、対物レンズの真上に置かれる半導体 検出器の両検出器で検出された二次電子を適当に配分し、像に豊かさを付け加える装置もあります。 検出器としては、対物レンズの隣に二次電子を電場で引っ張り込んで光電子増倍管で 料上に磁場が漏れ出すタイプの対物レンズを使う場合には、二次電子を光軸上に吸い上げ、 穴明き半導体で検出する方式と、ビームセパレータによって、二次電子を光軸から外した方向に 振り分けてから、エバハート・ソーンリー検出器に入れる方式とがあります。試料とレンズの 間に磁場と電場が掛かってしまうかどうかが分かれ道です。かからない場合の対物レンズでは、 その厳しい条件の下でいかに対物レンズの性能を高くすることが出来るかがカギとなります。

3. LEEM(低加速反射電子顕微鏡)

ビームセパレータと入射ビーム用付加レンズ(広い面にビームを照射するため)。 反射電子顕微鏡では、入射ビームと反射ビームが対物レンズの同じ場所を使うため、そのまま では、フォーカスを結ぶ条件で使うことになるので、入射ビームで試料上の広い部分を照射 することが出来なくなります。そこで、対物レンズの入射ビーム側のすぐ近くにコンデンサ レンズを置き、ビームを広げることが出来るようにしなければなりません。しかし、対物 レンズの直前には、入射ビームと反射ビームを分けるためのビームセパレータがあるので、 少し遠くに位置することになりまする。それでも反射ビームをフォーカスさせた条件で、 入射ビームを広げることは出来ます。

4. PEEM(光電子顕微鏡用レンズ)

PEEMでは、発生した光電子が数ボルト程度の加速しかしていませんので、対物レンズは同時に 加速レンズでもあります。また、入射光を試料に当てるための導入路の確保が必要です。 このように、LEEMとPEEMは要求される事柄が違っているにも関わらず、たいていの場合、 同じ対物レンズが使われるケースが多かったようです。PEEMでは結像レンズ系しかいらない ので、照射と反射の両ビームを別の条件で使う必要のあるLEEMとは基本的に要求されている 事項が全く違っています。それにもかかわらず、これまで、同じレンズが使わるケースが 多かったということは、性能に対する要求がほとんどなかったと考えざるを得ません。

5. 陽電子顕微鏡・陽電子回折装置用電子レンズ

陽電子源からのビーム輸送ソレノイドでらせん運動をさせられて運ばれてきたビームの螺旋 運動を終了させて、対物レンズに入れてやる必要があります。陽電子ビームは、その電子を 一個の顕微鏡で単独に作り出せるようなものではなく、共通で使う加速器から分けてもらって 使わなければなりません。このため、加速器で発生させた陽電子ビームを長い距離に渡って 陽電子顕微鏡の所まで運ばなければなりません。このために、陽電子はソレノイドの中を 螺旋運動をさせて輸送します。ソレノイド終端での螺旋運動を終了させて対物レンズに入れる 必要があります。しかし、らせん運動終了に伴って普通、ビームの発散が起こりますので、 それを防いでビームのフォーカスを行わせる必要があります。

5. X-線発生装置用電子銃レンズ。

封止管による真空。高加速電圧。 ここで、X-線発生用の電子銃に付属してビームを細く絞って非破壊検査用などのX-線顕微鏡の X-線発生源用の電子レンズは少し異質ではありますが、その数の他と比べての圧倒的な多さと、 X-線発生装置のための電子銃装置は1895年のレントゲンのX-線発見の時から今日まで120年にも わたって使い続けられてきたことから加えてみました。X-線発生用電子銃の電子レンズでは、 封止管と言って、真空を引き続けるのではなく、かつて使われていたテレビのブラウン管のように ガラス管の中に封入した形で使われる場合もあると言う他では見られない特徴があります。もう 一つの特徴は、ほとんどの電子顕微鏡が低加速電圧を目指している中にあって、高加速電圧が 求められ続けているほとんど唯一の電子レンズではないかと思われるからです。

TEM用電子レンズの年代別の特徴

1950. 静電レンズと磁場レンズ。 電子顕微鏡開発初期には静電レンズを用いた装置を作る会社と磁場レンズで作る会社とが 入り乱れていました。決着がついたのは1950~60年代ですが、比較的参入が遅かった日本の メーカーの多くは磁場レンズで開発競争に参加したため、その多くが残ることが出来ました。 なぜ、電場レンズを用いた会社が退場し、磁場レンズを選択した会社だけが残ったのかと言う 理由については、はっきりしたことは知りませんが、高分解能を得るには、レンズの場の中に 試料を入れる、浸潤型レンズが使われたことが考えられます。磁場の中に試料を入れる ことは、磁性体試料試料以外では可能ですが、電場の中に試料を入れることはできないからです。   

1960. 強励磁磁気飽和レンズ。

透過電子顕微鏡の電子レンズはその性能を上げるために、ポールピースの先端を磁気飽和させる までに強励磁して使いました。そして、磁気飽和することによって飽和する前に比べて磁場分布 がなだらかに変化するようになることを利用して球面収差係数を小さくする工夫までしたのです。

1970. コンピューターによるデザインの導入。

戦後になって有限要素法FEMによる強度計算が出来るようになり、構造物の設計に革命的変化が 起こりました。FEMはその後、流体や熱の解析にも応用され、やがて電磁界分布の解析にも応用 されるようになりました。電子顕微鏡の電子レンズ設計には1960年代の終わりに英国のケンブリッジ 大学の学生であったMunro氏によって開発され、1970年台に世界に普及しました。これによって、 電子レンズの設計は、長い間の勘と経験に頼る電子レンズの神様の手から一般の人にも開放され ました。それは、専門家をなくし、素人でも設計出来るという危うさを含んだものだったかも しれません。幸い、今では、収差補正の成功によってレンズデザインの専門家がいらなくなっ たかもしれませんが。

1980. 分解能限界。

1959年にTretnerが発表した分解能の式でレンズ内の磁束密度を高めればそれだけ分解能が向上 するということが言われ、コンピューター設計と言う道具も有効に使われ、1980年代には限界の 分解能にほとんど達しました。

1990. 2000 限界の達成と収差補正の成功。

収差補正は丁度、レンズ設計がその限界にほとんど達した時に成功しました。成功の理由は、 それまで信じられていた高い機械精度を実現したと言うことではなく、機械精度の狂いによって生ずる付加的収差までも、収差 の測定とそのコンピューターを駆使した収差の解析、色々な収差の多極子による作成などを通じて補正すると言う ものでした。必要な精度はむしろ、電源に求められ、10のマイナス7乗と言う安定度が必要とされました。

2010. 3D(トモグラフィー)の発達と超高圧電子顕微鏡の復権?

収差補正装置の爆発的普及によって、次の新しいTEMの進むべき道が模索される段階になりました。結像レンズ なしでDiffractionパターンからコンピューター解析によって像を作り出す手法、らせんビームを作り電子の 角運動量を利用する手法などが研究されていますが、レンズ開発としては、電子回折のための平行ビームの 生成などがテーマとなりました。その他に多くの所で研究されているのが、3次元(3D)表示のためのトモグラ フィーの研究で、このために厚い試料の観察が見直されています。厚い試料の観察のため、超高圧電子 顕微鏡も見直され始めたのではないかと思われます。

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著者のページ 作成日 2012/09/25 修正 2014/09/14, 2018/02/12, 2018//11/30

図1. 透過電子顕微鏡(TEM)対物レンズの一例。CO(Condenser-Objective)レンズ

図2. 走査電子顕微鏡(SEM)対物レンズの一例。リターディング(減速)レンズ。

図3. 静電型PEEM(光電子顕微鏡)対物レンズの一例。


図4. トレットナーの限界

図5. 走査電子顕微鏡(SEM)対物レンズの2つの型。コンベンショナルレンズ (磁場フリーレンズ)とサイドギャップレンズ(磁場浸潤型レンズ)。

図6. PEEM対物レンズ内で加速された1eVと100eVの放出電子の軌道。弱いエネルギーのビームは すぐに平行化されるが、高いエネルギーの光電子は平行化されずにレンズ作用で収束する。

文献

1. The Early Development of Electron Lenses and Electron Microscopy
by Ernst Ruska, Translated by Thomas Mulvey, S. Hirzel Verlag Stuttgart (1980)
2. V.E. Cosslett: Fifty years of instrumental development of the electron microscope, in Advances on Optical and Electron Microscopy, R. Barer and V.E. Coslett Eds., 215-267, Academic Press (1991)
3. W.D. Riecke, E. Ruska: A 100kV transmission electron microscope with single-field condenser objective, 6th Int Cong. Electron Microscopy, pp.19-20, Kyoto, Maruzen (1966).
4. T. Yanaka, M. Watanabe, Aberration coefficients of extremly asymmetrical objective lens, 6th Int Cong. Electron Microscopy, pp.141-142, Kyoto, Maruzen (1966).
5. T. Mulvey, Magnetic electron lenses II, Electron Optical Systems, SEM Inc. AMF O'Hare, 15-17 (1984).
6. T.T. Tang, J.-P. Song, Side pole-gap magnetic electron lenses, Optik 84 (1990) 108-112.

7. K. Tsuno, Y. Harada, Elimination of spiral distortion in electron microscopy using an asymmetrical pole-piece lens, J. Phys. E.:Sci. Instrum. 14 (1981) 955-960.
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.1.1. FromTheGodHand
.1.2. レンズ設計のためのMunroソフト
.1.3. 電子光学レンズの種類
.1.4. 磁界レンズ
.1.5. 静電レンズI
.1.6. 静電レンズII
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1.
レンズの光学(FromTheGodHand)
2.透過電子顕微鏡(TEM)の電子レンズ
3.
走査電子顕微鏡(SEM)レンズ
4.
光電子顕微鏡(PEEM)電子レンズ
5.収差補正
6.偏向と非点補正
7.エネルギー・アナライザ
8. Wien Filter
9. スピン回転器
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