EOS津野
電子光学講座

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磁場レンズと電場レンズはかつて電子顕微鏡の黎明期に置いてどちらが優れているかを競いました。そのときは、 電源の安定度が今一つと言う事情があったため、電子を加速する電源とレンズの電源が共に不安定になってくれる 電界レンズが有利であったこともありましたが、結局収差の小さい、放電のない、磁場の中に試料を入れることのできる 磁場レンズが勝利し、電場レンズを用いた電子顕微鏡と、それを推進したメーカーは退場しました。
今、電子顕微鏡では、磁場レンズが使われていますが、真空装置や表面分析装置などのメーカーでは電場レンズが 主として使われています。レンズが一番大切な所では、磁場レンズが使われ、真空の方がもっと大切な所では 電場レンズが使われると一言ではまとめられるのではないかと思われます。ここでは、いろいろな電場レンズ について紹介します。

電界レンズ

始めに

電子顕微鏡開発の初期には全レンズに電界を使ったTEM も作られました[文献1]。TEMでは試料を電界の 中に入れることが出来ないことが磁界レンズと比べたときの欠点となりました。現在、電界レンズは イオン顕微鏡[文献2] 、FIB[文献3] 、小型SEM[文献4]、超高真空SEM[文献5] 、およびPEEM[文献6] や分析装置のインプットレンズ[文献7] に使われています。収差のサイズ効果を利用して、μサイズ の静電レンズを有するSEMで低収差を実現する試み[文献8]もあります。静電レンズ全版の解説としては 日本語[文献9]、英語[文献10]の良書があります。

電界レンズの構造

電界レンズには加減速レンズ とアインツェル (ユニポテンシャル) レンズの二種類があります。最低限 必要な電極の数は前者が二個、後者は三個です。前者はビームの入口と出口で加速電圧が異なり、後者は 入口と出口で同じ場合を指します。アインツェルレンズは磁界レンズで置き換えられますが、加減速 レンズを磁界レンズで代行することはできません。

図1~4には4つのレンズの形状を示しました。図(1)は、エネルギーアナライザを減速レンズと加速レンズ の間に挟んで使う例です。エネルギー分解能を高くするために電子の速度を減速します。穴のレンズ作用 を小さくするような曲面形状を選択したのがバトラーレンズ です。バトラーレンズは次のページで詳しく 述べます。

 アインツェルレンズには外観の異なる二種類の型があります。アパーチャー(スリット )レンズと円筒 レンズ を図(2), 図(3)に示します。円筒レンズでは各電極の厚みが穴径に比べて大きくとられる場合も あります。アインツェルレンズは、両側の電極がアース電位で真ん中の電極の電圧を変えてレンズ作用を 調節します。ある像面位値にビームを収束させるに必要な電圧は二つあります。一つは、加えた加速電圧 より大きな電圧を与える場合で、もう一つはより小さい値です。収差は大きな電圧を与えた場合の方が 小さくなりますが、電圧が加速電圧の二倍程度必要になるため、電源選択の都合から小さい電圧が選択 される場合が多いようです。円筒レンズの先端をコニカル型にし、試料に高電圧を加えれば、低加速電圧 SEMやLEEM/PEEMのカソードレンズになります。これを図(4)に示します。磁場重畳型に比べ、絞り面を電場 の外に出せる利点があります。試料も一つの電極を構成しますので、加減速レンズとアインツェルレンズ の合成レンズを構成します。前段はSEMでは減速レンズ、LEEM / PEEMでは加速レンズとして使われますが、 ビームの向きが逆になるだけで同じレンズ作用です。典型的な加速レンズは電子銃です。アインツェル レンズの使用例も次のページでもう一度紹介します。

電界レンズの設計

電界レンズの場合は図2に示しますすように、光軸から電極間に入れる絶縁体が直接見えないように設計 します。直接に見える場合は電子が絶縁体にたまり、やがて放電を起こす危険が増します。真空中に おける電極と電極の距離については電極の表面状態により、メーカーによって経験則が異なりますが、 1mmあたり3kV程度と言われています。もちろん、10kV/1mmが可能な場合もあります。また、絶縁物の 場合はこの3倍程度の距離を取ります。おおよそ絶縁体の比誘電率は真空の3倍程度だからです。また、 絶縁体と金属の接合面では、縁面距離と言って表面上の長さを長くとることが必要とされています。 これは放電が表面を伝わって進んでいくことによるものです。直線距離だけが問題ではありません。 高圧碍子が波打った複雑な形状をしているのはこのような事情に寄るものです。金属と絶縁体の接合面 をどのように設計したら良いかは、実例を分解してみるのが一番ですが、文献としては[文献10]の Fig.5.21に1959年のOptik誌に掲載された図が引用されて解説が加えられています。電極に作られた 凹みと絶縁体の出っ張り、そして金属と絶縁体はべたっと貼り付けるのではなく、長い回り道を 取らせるようにくっつける工夫など、複雑な形のそれぞれが意味を持っていることがわかります。 現在ではこうした高電圧部の接合面などの処理法はメーカーのノーハウとしてそれぞれの会社の 機密事項になっており、本などを執筆される先生方もご存じないために、世の中に流通していない と思われます。文献的に調べるには1950~60年代と言った古い文献が必要だったりして、そのくらいの 古さの文献はまだWeb上にも公開されていなかったりして調べるのに不自由があると思われます。

電界レンズのシミュレーション

 電界計算は磁界計算に比べて容易なため、有限要素法FEMだけでなく、差分法FDM , 表面電荷法BEM など原理の異なる方法も用いられています。磁界計算のような飽和の問題がないので、FEMに拘る必要が なく、後の軌道の計算の精度が高く取れるBEMが優れています。レンズは軸対称ですが、電極の取り出し のための穴や配線の影響、あるいは傾きや加工精度の影響を調べる場合は3Dソフトを用いる必要があり ます。最近のコンピューターの発達や並列計算ソフトの充実などにより、3Dソフトも手軽に扱えるように なりました。

 電界レンズの軌道計算で最も注意しなければならないのは、加減速レンズの場合の低加速電圧領域の計算 です。距離による分割を行うソフトでは、数ボルト程度の低速において、分割数によって結果に大きな 違いを生ずる場合があります。時間による分割をしているソフトでは、低加速では自動的に小さい距離の 分割になりますから安心できます。絶縁体や半導体の誘電率を入れて計算すると、導体だけで計算した 場合と結果が異なることはほとんどありませんが、電子銃レンズの場合には影響する場合もあります。

こうしてみてくると、電場計算は電極とそれを繋ぐ絶縁体の配置などを詳しく描いた系について電場の集中 度合いなどを見ておき、後で放電をした場合などに放電の痕跡が残っている場所とそこでの電場の集中具合 を比べて改良案を見出す助けにするためのシミュレーションと、電子軌道を計算するための中心軸付近に メッシュを集中させたような計算法との二本立てで行うことと、なるべく時間分割のソフトウェアを使う ように心がけるべきであると思われます。

文献

1. The Early Development of Electron Lenses and Electron Microscopy
by Ernst Ruska, Translated by Thomas Mulvey, S. Hirzel Verlag Stuttgart (1980)

2. V.E. Cosslett: Fifty years of instrumental development of the electron microscope, in Advances on Optical and Electron Microscopy, R. Barer and V.E. Coslett Eds., 215-267, Academic Press (1991)

3. W.D. Riecke, E. Ruska: A 100kV transmission electron microscope with single-field condenser objective, 6th Int Cong. Electron Microscopy, pp.19-20, Kyoto, Maruzen (1966).

4. T. Yanaka, M. Watanabe, Aberration coefficients of extremly asymmetrical objective lens, 6th Int Cong. Electron Microscopy, pp.141-142, Kyoto, Maruzen (1966).

5. T. Mulvey, Magnetic electron lenses II, Electron Optical Systems, SEM Inc. AMF O'Hare, 15-17 (1984).

6. T.T. Tang, J.-P. Song, Side pole-gap magnetic electron lenses, Optik 84 (1990) 108-112.

7. K. Tsuno, Y. Harada, Elimination of spiral distortion in electron microscopy using an asymmetrical pole-piece lens, J. Phys. E.:Sci. Instrum. 14 (1981) 955-960.

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目次
.1.電子レンズの光学

.1.1. FromGodHand
.1.2. レンズ設計のためのMunroソフト
.1.3. 電子光学レンズの種類
.1.4. 電子光学レンズ開発史
.1.5. 静電レンズI
.1.6. 静電レンズII
.1.7. 磁界レンズ
.

3. 走査型電子顕微鏡SEMの電子光学

.3.1. SEM開発の初期
.3.2. 電子銃とレンズの関係
.3.3. SEM用対物レンズ
.3.4. 低加速SEMの減速レンズ1
.3.5. SEM用減速レンズ2
.3.6. 二次電子の発生
.3.7. SEMの二次電子ET検出器
.

4. LEEM_PEEMの電子光学

.4.1. LEEM/PEEM用レンズ


図1.コンデンサ・オブジェクティブ(CO)レンズ(TEM),セミインレンズ(SEM)

図2.コンベンショナルレンズ(SEM)

図3. セミインレンズ

図4.カソードレンズ

図5.ブースターレンズ

図6.3磁極レンズ

図7.図6のブースターレンズの電場および磁場計算後の場の等高線分布。

図8.図6のブースターレンズの電子軌道。
.

目次(全体)

1.最初のページ
2.レンズ設計
3.偏向と非点補正
4.光電子顕微鏡PEEM
5.エネルギー・アナライザ
6.Wien Filter
7.収差補正
8. スピン回転器
9.著者のページ


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著者のページ 作成日 2012/09/25 修正 2014/09/14, 2018/02/11, 2018/12/11 .